前回のブログでは氷河期の自然と日本列島の人類史についてレポートしました。今回は、この時代に遭遇した二つの人類 ―― ネアンデルタール人とクロマニヨン人に焦点を当て、日本初公開の頭骨標本や道具・芸術、そしてDNA研究の成果までを紹介します。
1. ネアンデルタール人 (Homo neanderthalensis)
活動時期・場所
約40万年前~約3万年前、ヨーロッパ全域から中東・西アジアに分布。アフリカのハイデルベルク人 (Homo heidelbergensis) から分岐し、寒冷な環境で暮らすうちに独自の進化を遂げました。(画像は1909年にフランス南西部のドルドーニュ県のラ・フェッシー岩陰遺跡で発見されたほぼ完全体のネアンデルタール人の化石人骨、ラ・フェッシー1号です。)
体格
平均身長は160cm前後と低めで、肩幅が広く筋肉質。胴が短く手足が太い典型的な寒冷地適応体型で、大きな鼻腔は冷たい空気を温めて取り込む役割を果たしました。
脳・文化・技術
脳容量は平均1500ccと現生人類を上回る場合もありました。「ムスティエ文化」と呼ばれる石器文化を築き、剥片石器を用いた狩猟具や火を使用。装飾品や顔料の使用、死者の埋葬も行い、精神文化を持っていたと考えられます。ただし技術は保守的で、長期間大きな変化を見せなかったとされます。
発見と評価の変遷
1856年にドイツ・ネアンデル谷で発見。当初は「劣った人類」と見なされましたが、研究が進むにつれて高度な文化を持っていたことが分かり再評価されています。
現代の捉え方
DNA解析の結果、現代のヨーロッパ・アジア人のゲノムに数%のネアンデルタール人由来の遺伝子が含まれることが判明。完全に消えたのではなく、私たちの中に痕跡を残しています。
2. クロマニヨン人 (Homo sapiens sapiens)
活動時期・場所
約20万年前にアフリカで誕生した現生人類の初期型種。約5万~4万年前に「出アフリカ」を果たし、ユーラシア大陸へ拡散。ヨーロッパではネアンデルタール人と数千年にわたり共存しました。(画像は1868年、フランス南西部のドルドーニュ県・クロ=マニョン岩陰遺跡で発見されたクロマニヨン1号の化石人骨)
体格
平均身長170cm以上と高く、手足も長くスラリとした温暖地型体格。広い範囲を移動しながら暮らす生活様式に適応していました。
脳・文化・技術
脳容量は約1350〜1600cc。ネアンデルタール人と同等かやや小さめですが、前頭葉や側頭葉の発達が特徴で「シンボルを扱う力」や芸術的表現に繋がりました。代表的な「オーリニャック文化」では、精巧な石器のほか骨角器(縫い針・槍先)、槍投げ器、釣り針を発明。装飾品や洞窟壁画(ショーヴェ、ラスコー)、ホーレ・フェルスのヴィーナス像を残し、象徴的・芸術的表現を確立しました。
発見と評価の変遷
1868年、フランス南西部のドルドーニュ県・クロ=マニョン岩陰遺跡で発見。当初から「現代人とほとんど変わらない姿」とされ、芸術を生んだ人類として注目されました。
現代の捉え方
クロマニヨン人は現生人類の祖先種であり、単にネアンデルタール人を凌駕した存在ではなく、交流や交雑を経てヨーロッパに定着したと理解されています。
3. 二つの人類の比較とネアンデルタール人が消えた理由

両者を比べると、ネアンデルタール人は「寒冷地に強い肉体」と「効率的な石器文化」で自然に挑み、クロマニヨン人は「多様な道具」と「芸術的表現」で文化的適応を進めました。違いは優劣ではなく、「適応する方向性の差」と言えます。(左:ネアンデルタール人ラ・フェッシー1号、右:クロマニヨン人の推定復元像)
ネアンデルタール人がいなくなった原因
・気候変動への限界:急激な環境変化に対応できなかった。
・資源競争:クロマニヨン人が多様な資源を利用できたのに対し、大型動物に依存していたネアンデルタール人は脆弱だった。
・人口と社会構造:クロマニヨン人は人口規模が大きく広いネットワークを形成。ネアンデルタール人は吸収されていった。
まとめ
二つの人類の比較は、人類の「生き抜く力」の多様性を示しています。道具の工夫、芸術文化の芽生え、DNAに残された交雑の痕跡――それらは現代の私たちに続いているのです。
「自分の血の一部が氷河期を生き抜いた彼らのものだとしたら?」
そう想像したとき、展示で目にする頭骨や道具は、単なる資料ではなく、“祖先との対話”として迫ってくるでしょう。
コラム:ヒト属をイヌ属でたとえると?
ネアンデルタール人 とクロマニヨン人は、同じヒト属の中で分かれた「近縁種」です。これをイヌ属に例えるなら、オオカミ (Canis lupus) とイエイヌ (Canis lupus familiaris) の関係に近いでしょう。
オオカミが野生で筋骨たくましい体を保ち自然に適応してきたのに対し、イエイヌは人間との共生を通じて多様な姿や能力を発展させました。同じように、ネアンデルタール人は寒冷地適応型の肉体とシンプルな石器文化を持ち、クロマニヨン人は多様な道具と芸術を発展させました。
両者は数千年にわたり共存し、やがて交わり、今日の私たちの遺伝子にもネアンデルタール人の痕跡が受け継がれています。つまり「全く別の人類」ではなく、「近しい親戚のような人類」だった――それが現代の理解なのです。
【カテゴリー】
東京ー国立科学博物館
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【展覧会情報】
特別展「氷河期展 ~人類が見た4万年前の世界~」
会場:国立科学博物館
会期:2025年7月12日(土)~ 2025年10月13日(月・祝)
休館日:月曜日(ただし祝日の場合は開館、翌日休館)
開館時間:9:00~17:00(金・土は19:00まで、入館は閉館30分前まで)
観覧料:一般・大学生 2,100円/小中高生 600円(前売券・団体割引あり)


