東京・上野の国立科学博物館で開催中の特別展「氷河期展 ~人類が見た4万年前の世界~」。
地球が寒冷化していた最終氷期を舞台に、人類・動物・環境の変化を多角的に紹介する展示です。最新研究を踏まえた実物資料を間近に見られるこの展覧会は、迫力と知的刺激に満ちています。本ページでは2回に分けて、その内容を特集したいと思います。
1.氷河期の環境と動物たち
氷河期とは、地球の平均気温が数度下がり、北半球の大部分が氷床に覆われた時代です。今日の猛暑に慣れた私たちにとっては「少し下がった方が涼しくていいのでは?」と考えてしまいますが、その影響は計り知れません。わずかな気温の低下が、大陸を氷河で覆い、広大な草原(ステップ)を生み出しました。その環境変化に適応できなかった動物は絶滅し、一方で生き延びた種は独自の進化を遂げたのです。
会場では、ケナガマンモス、ホラアナグマ、ステップバイソンといった氷河期を代表する大型動物の骨格や復元標本が一堂に並びます。





これらは現代にも近縁種(ゾウやクマ、ウシ)が生きていますが、展示されているのはいずれも絶滅種。氷河期という過酷な環境に適応した独自の姿をしています。
とりわけマンモスの巨大な牙は、写真や映像で見る以上の迫力があり、骨の一本一本に「氷期を生き抜いた証」が刻まれているように感じました。ホラアナグマの頭骨に残った巨大な咬筋痕からは、獲物や堅い食物を噛み砕いた力強さが伝わってきます。
過去の絶滅種も、現代に連なる生命の系譜の一部であることを改めて実感しました。
2.氷河期の日本列島
氷河期は、日本列島の自然と人類の営みにも大きな影響を与えました。沖縄で発見された港川人の遺骨は、日本列島に住んだ旧石器時代の現生人類の姿を伝える重要な資料で、その形態はアジアやオセアニアとのつながりを示唆し、日本人のルーツを探る上でも重要な発見とされています。
また、日本三大絶滅動物と呼ばれるナウマンゾウ、ヤベオオツノジカ、ハナイズミモリウシの骨格展示も圧巻です。かつて日本の森や平野にこれほどの巨大生物が生きていたという事実は、環境変化や人類との関わりによって彼らが絶滅に追いやられたことを考えさせます。



展示室には石器や骨器も並び、日本の氷期人がどのように獲物を狩り、資源を利用し、文化を築いたのかが具体的に示されています。火を使い、道具を進化させ、寒冷な環境に適応してきた人類の工夫は、単なる「古代の生活」を超えて、現代を生きる私たちにも学びを与えてくれます。
3.まとめ
最終氷期(約7万〜1万年前)の寒冷期は「地球規模の物語」であると同時に、「日本列島の物語」でもありました。遠い過去の厳しい自然環境と、その中で生きた人と動物の営みは、現代の私たちにも強いメッセージを投げかけています。「もし自分がこの時代に生きていたら、どのように自然と向き合っただろう?」――そんな問いを抱かせる展示でした。
次回は、氷河期を生きた人類、ネアンデルタール人とクロマニヨン人に迫ります。
コラム:象の頭蓋骨とサイクロプス伝説
「一つ目の巨人、サイクロプス」をご存じでしょうか? 古代ギリシアの人々がこの伝説を生み出した背景には、象の化石が関わっているという説があります。
象の頭蓋骨には中央に大きな空洞があります。これは長い鼻を支える鼻腔ですが、古代の人々がその構造を理解できずに見たとき、まるで「額の中央に巨大な一つ目があった」かのように思えたのです。実際、地中海地域にもかつて小型のマストドンや古代ゾウの仲間が生息していました。その化石が「人間に似た巨人の骨」と解釈され、神話や伝承に結びついたと考えられています。
氷河期展で展示される動物の骨格もまた、現代人に強烈なインパクトを与えます。古代の人々がそれを目にして、神話的な存在を思い描いたのも不思議ではないでしょう。
【カテゴリー】
東京ー国立科学博物館
【関連ページ】
特別展「氷河期展」鑑賞記② 二つの人類が出会った時
【展覧会情報】
特別展「氷河期展 ~人類が見た4万年前の世界~」
会場:国立科学博物館
会期:2025年7月12日(土)~ 2025年10月13日(月・祝)
休館日:月曜日(ただし祝日の場合は開館、翌日休館)
開館時間:9:00~17:00(金・土は19:00まで、入館は閉館30分前まで)
観覧料:一般・大学生 2,100円/小中高生 600円(前売券・団体割引あり)


