国立科学博物館で開催中の特別展「古代DNA展」で、一体の剝製に目がとまりました。ニホンオオカミの剥製です。それは、ガラスケースの中に静かに佇んでいました。思ったよりも小柄で、どこかイヌに似た面影をしていました。でも、その眼差しには、野生の気高さが宿っていて、しばらく見入ってしまいました。
この剥製、実は昨年、女子中学生(発見当時は小学生)の助言によって発見されたというニュースでも話題になったものです。長い間、その正体がわからなかったこの剥製標本が、彼女の一言から明るみに出たというのは、とても夢のある話だと思います。
彼らは、単なる動物ではなく、江戸時代以前から各地の山村では田畑を荒らすシカやイノシシを追い払う存在とされ、人間の生活を守るありがたい存在「山の神」、「守り神」として信仰の対象とされました。その信仰の象徴の一つが彼らの頭骨で、現在でも日本各地に残されています。
ニホンオオカミは、1905年、奈良県東吉野村鷲家(わしか)で捕獲された個体を最後に世界から姿を消したと言われています。その“最後の一匹”の毛皮は、今もロンドン自然史博物館に収蔵されているそうです。奈良に生きていたニホンオオカミが、遠い異国で眠っている――そう考えると、なんだか切なくも、不思議な気持ちになります。
姿を消してしまった原因は、狂犬病の流行、人間による駆除、森林破壊、獲物の減少など、いくつもの要因が重なった結果と考えられており、人と自然との距離が急激に変わった時代を象徴する存在なのだと、改めて感じました。
私が住む奈良、また山深い東吉野村の風景は、子どものころから親しんだ景色です。そこに、かつて彼らがここで生きていたことを思うと、どこか誇らしく、でも少し寂しい気持ちにもなりました。
「古代DNA展」は、DNAから過去の人類の謎を解き明かす展示で、他にも見どころがたくさんあります。私自身、かつて日本人のすぐそばに生きていた「幻の獣」に、東京で出会うことができたこと。そして、今もその獣が暮らしていた土地に自分が生きていること――この小さなつながりが、とても大切なもののように感じられました。
(特別展「古代DNA 日本人の来た道」②に続きます。)
音声ガイド:あり(配信版もあり有)
作品撮影:すべての作品で可能
図録:2500円
会期:2025年3月15日(土) ~ 2025年6月15日(日)
開館時間:9時〜17時(入場は16時30分まで)
ただし毎週土曜日、は19時まで延長(入場は18時30分まで)
休館日:月曜日