学習マンガのひみつ展 鑑賞レポート|「物語で学ぶ力」が教えてくれたこと

1.展示概要

上野・国立科学博物館で開催中の企画展「学習マンガのひみつ」。

この展覧会は、学習マンガの歴史を通して「知をどう伝えるか」を探るものです。科学や歴史、福祉、医学、ドキュメンタリーなど、人が「学びたい」と思うさまざまなテーマを、マンガという物語でどのように伝える工夫がなされているかを過去の出版作品を振り返りながら紹介されていました。

2.テーマ背景

学習マンガの始まりは、戦中から戦後の混乱期に子供たちへ「どうわかりやすく知識を伝えるか」が社会的な課題となった時代にあります。当時は、学びのためのメディアが限られており、活字中心の教科書や新聞では「その体験のイメージ」を的確に伝えることの難しさがありました。
そんな中、「子供たちにも絵で学べるわかりやす本を作ろう」と出版社や漫画家たちが動き出します。そこから「楽しみながら学ぶ」という今までになかった、新しい学びの形が生まれ、発展していくようになります。

私自身も子どもの頃、学校の授業では退屈に感じていた科学の実験が、学習マンガを通してどのように発見され、いま私たちの身の回りにどんな形で生かされているのかを知ったとき、ぐっと身近に感じたことを覚えています。今回の展示を見ながら、「マンガによってイメージを可視化してもらうこと」の大切さを、改めて実感しました。

ぜひ皆さんも展示を見ながら、自分自身の「最初の学び」を思い出してみてください。

3.展示構成

展示室には、ページをめくるように各時代の学習マンガが並び、静かに学びの記憶を語っていました。

第1章:学習マンガのはじまり(戦前〜1950年代)

学習マンガの起源は、戦時下の日本までさかのぼります。

古びた新聞紙の黄ばみや、キャラクターのイラストが並び、当時の新聞には、戦争で使用された爆弾などの兵器のイラストや、科学技術を説明する図解が掲載されており、実用的な科学教育が重視されていましたが、その一方で、子ども向けの娯楽マンガは「荒唐無稽」と批判され、社会的な地位は低く見られていました

戦後、子ども向けのマンガを排除しようとする「悪書追放運動」(1950年代)が広がりますが、その中でも学習マンガの芽は確実に育っていきます。当時の出版社や漫画家たちは「マンガを社会に役立てたい」「その地位を上げたい」という思いから、積極的に学習マンガの制作に関わるようになりました。

展示では、科学をテーマにした学習書に登場する博士キャラクターや、植物・物質を擬人化して語る作品などが紹介されています。
難しい内容を物語に変えて伝える——その発想こそが、学習マンガの原点となりました。

第2章: 学習マンガの拡大(1970〜80年代)

この時期に『日本の歴史』『世界の歴史』シリーズが大ヒットし、多くの学校の図書室や公立図書館の棚に並ぶようになったため、多くの子どもたちにとって、学校の教科書以外で最初に「体験のイメージ」と接する機会となったのではないでしょうか。

また赤塚不二雄の『ミャロメのおもしろシリーズ(パシフィカ)』石ノ森章太郎の『マンガ日本の歴史(中央公論)』すがやみのるの『こんにちわマイコン(小学館)』など、当時の人気マンガ家も学習マンガを手掛けるようになり、マンガの持つエンターテインメント性が学びの世界に吹き込み、「大人も楽しめる学習マンガ」へと発展していきました。

第3章: 新展開(2000年代〜)

2000年代以降、日本のマンガは世界から「文化・芸術」として再評価されるようになります。
また韓国発の学習マンガ『科学漫画サバイバルシリーズが翻訳され、日本に紹介されて子どもたちの心を掴んだことをきっかけに、海外との共同制作も進展するようになりました。

これらには少年マンガの要素である「対決」や「冒険」の構成を取り入れるなど、ストーリー展開も大きく進化し、学習マンガが「読む学び」から「体験する学び」へと変化していくその転換期となりました。

第4章: 現在(テーマの広がり)

現代の学習マンガは、学校教育の枠を超え、誰もが楽しめる「生きる学び」へと進化を遂げています。そのジャンルも科学だけにとどまらず、『源氏物語』に代表される古典文学から哲学、心理学、SDGs、金融リテラシー、人間関係、メンタルヘルスまで多岐にわたります。
いまや「学びの気づき」を与えるあらゆるテーマが、学習マンガの対象となっているのです。

また、はたらく細胞(清水茜、講談社)のように娯楽マンガが教育現場で活用される例も増えています。教科書の中だけにとどまらず、「学ぶこと」と「楽しむこと」の境界がますます曖昧になってきました。かつては「学びの正確さ」が重視されていましたが、いまは“共感して理解すること”が大切にされています。知識を得るだけでなく、物語を通してその背景や感情を理解する——そんな新しい学びの形が、いま広がりつつあります。

あの頃、ページの中のキャラクターが教えてくれた「知らない世界」に胸を躍らせた——そんな経験はありませんか?

トピック:植物をめぐる学習マンガの広がり

学習マンガの黎明期から、「植物」は重要な題材として取り上げられてきました。
自然科学の中でも植物は、身近でありながら奥深い存在です。標本づくりや分類、環境との関わりなど、科学的な視点を育てる格好のテーマとして、多くの作品が生まれました。

1970年代以降の植物系学習マンガでは、構造や生態、環境との関係など、より広い関心へと発展していきます。近年では、「なぜ?」という問いを入口に、他の科学分野への興味を引き出す作品も多く見られるようになりました。

4.展覧会の見どころ

○学習マンガによる「見える」学び

学習マンガには、イラストや物語によって感情を伴う理解を促す“知のデザイン”が随所に見られます。言葉だけでは伝わりにくい内容を、絵とストーリーの力で「見える学び」に変えてくれるのです。

○時代ごとの線の変化

同じジャンルの学習マンガでも、昭和の手描き線から令和のデジタル線まで、表現のかたちは大きく進化しています。その変化の中には、時代ごとの教育観や価値観の移り変わりが、線の表情として刻まれています。

○テーマの多様化

学習マンガの黎明期には科学が中心でしたが、現在では歴史、福祉、宗教、ジェンダーなど、多様なジャンルが描かれるようになりました。社会の関心がそのまま学習マンガに映し出され、今を生きる私たちの「知りたい」が形になっています。

気づけば、あなたの身近にも——そんな学びの物語が潜んでいるかもしれません。

5.まとめ

学習マンガは、教科書の延長ではありません。
それは、知識をわかち合うための文化であり、そして「学びを楽しむ」ためのメディアです。

興味をもって楽しめば、それはもう「教養」になります。
学習もマンガも境界はありません。楽しみながら知ることこそ、いちばん自然な学びの形です。

「見えないものを可視化する」——その感覚を、もう一度思い出させてくれる展覧会でした。

「あなたはどんな学習マンガを覚えていますか?」

6.展覧会情報

学習マンガのひみつ

会場:国立科学博物館(東京都台東区上野公園7-20)
会期:2025年10月10日(金)〜 2025年11月9日(日)
休館日:月曜日(祝日の場合は翌日)
開館時間:9:00〜17:00
観覧料:一般・大学生630円、高校生以下および65歳以上は無料