ニホンオオカミ120年 東吉野村アートフェスタ 鑑賞記

私の住む奈良県にある東吉野村で「ニホンオオカミ、幻となって120年記念アートフェスタ ~想像された狼たちが東吉野へやってくる!~」が開催されました。最後にニホンオオカミが捕獲されてから120年という節目に、アートを通じて「ニホンオオカミの姿」を現代に呼び戻し、人と自然の関係を改めて見つめ直そうという企画展です。

1.東吉野村とニホンオオカミ

東吉野村とは

東吉野村は奈良県の東南部、吉野郡に位置する人口が約1,300人の山間の小さな村です。標高の高い地域も多く、周囲を大峰山系の山々に囲まれ、村の中央を清流が流れています。
林業が盛んで、吉野杉をはじめとする木材の産地として発展し、現在でも重要な産業であり、村の文化や景観を支える基盤になっており、また、清流を生かした鮎やアマゴなどの川魚漁も盛んで、釣りや川遊びを目的に訪れる人も多いです。
近年では、農産物の直売や体験型観光にも力を入れており、山菜や柿、野菜など地域の特産品を活かした取り組みや、自然を活かした観光や移住促進にも取り組んでおり、「小さくても豊かな暮らし」を掲げた地域づくりが行われています。

ニホンオオカミとは

ニホンオオカミ(日本狼、英: Japanese wolf、学名:Canis lupus hodophilax)は、食肉目イヌ科に属する小型のオオカミで、19世紀までは日本の本州、四国、九州に広く生息していた生物で、奥多摩の武蔵御嶽神社や秩父の三峯神社を中心とする山間部などでは霊獣として信仰されていましたが、明治期以降、狂犬病ジステンパーなどの家畜伝染病、人為的な駆除、開発による餌資源の減少や生息地の分断が重なり、徐々にその数を減らしました。
そして1905(明治38)年、東吉野村鷲家口で捕獲された若い雄のオオカミが最後の記録とされます。この個体はアメリカ人鳥獣標本採集家マルコム・アンダーソンに購入され、現在はロンドン自然史博物館に標本として収蔵されています。
村内には久保田忠和氏作の「ニホンオオカミ像」が建立されており、自然と共に生きる象徴として大切に守られています。

2.アートフェスタの概要

会場となった東吉野村住民ホールでは、全国から約30名の作家が参加し、絵画・版画・彫刻など約50点の作品が展示されていました。また、村内で行われているニホンオオカミにまつわる活動についての紹介展示もありました。
この企画を手がけたのは、東京都在住のアートプロデューサー・林敏之さん。林さんが初めてオオカミ作品に出会い、その魅力に強く惹かれたのは平成26年ごろのことでした。それ以来、「いつかオオカミの作品を一堂に集めたい」という思いを抱き、2018年には東京都青梅市の武蔵御嶽神社で初めて展覧会を開催されました。
そして2025年、ニホンオオカミが最後に捕獲されてから120年という節目の年に、初めて東京都外での展覧会を東吉野村において実現されました。

3.出展作家紹介

私が印象に残った出展作家さんを3名紹介します。

森田 太初(彫刻、腐蝕技法)

このイベントのシンボルともいえる絶滅動物シリーズの《日本狼立像》を出展されました。鉄・ステンレス・楠で制作された像は、擬人化された圧倒的な迫力を放ち、まるで古代エジプトの冥界神アヌビスを思わせます。消えてしまったニホンオオカミが、この地に再び舞い戻ってきたような畏怖すら感じさせる作品です。
また、真鍮板を塩酸や硫酸で腐食させる独自技法で描かれた《Alone ひとり》も出展されていました。真鍮の腐蝕の表情が森のもやを思わせ、その中で身を震わせ佇む一匹のニホンオオカミの孤独を感じ取ることができる作品です。

野瀬 昌樹(版画)

巨大な銅板にエッチングとドライポイントを施して制作された《白狼》や、巨大な三枚の木板に、圧倒的な描写でニホンオオカミを彫り込んだ木版画《住処》などを出展されていました。どの作品も細密な技法で、山の空気とともに狼の生命感を繊細な線と力強い構図で描き出しています。
さらに会場では野瀬さんによる木版画の刷りのレクチャーも行われ、来場者も実際に一枚を刷らせていただきました。筆者もその体験を通して、木版画技法の奥深さとおもしろさを実感しました。

吉川 愛美(版画)

神社の狛犬のように対になった版画作品《阿》《吽》の2点を出展されていました。同一の構図をとりながらも、両作品の中央に鏡をおいてニホンオオカミを互いに向かい合わせるように配置し、周囲を異なる花や模様で囲んでいます。その姿は畏怖を感じさせる一方で、どこかユーモアも漂わせる独特の画風でした。
筆者はこの二作の「狛狼」に強く惹かれ、実際に購入しました。現在は自室に飾り、守護の存在として日々見守ってもらっています。

4.まとめ

東吉野村の自然と歴史を背景とした今回の展示は、「幻のニホンオオカミ」がアートとしてよみがえる特別な機会でした。最後に捕獲されたこの地で開催されたことは、出展作品が過去への追悼であると同時に、未来を考える契機にもなると感じています。
林さんによると、延べ500名が来場し、近隣の市町村だけでなく、遠方からも多くのオオカミファンが訪れたとのことです。それだけ地域の枠を超えた共鳴があった証しだといえるでしょう。
さらに、私自身が作品を手にしたり、木版画を刷る体験をしたりすることで、「ニホンオオカミは伝説の中の動物ではなく、今も心に生き続ける存在だ」と実感できた展覧会でした。

5.筆者の想い

以前、私は「特別展 古代DNA 日本人の来た道」の記事「幻の獣、ニホンオオカミの眼差し」で、東京上野の国立科学博物館でニホンオオカミの剥製に目を奪われた経験を書きました。その展示で出会った「小さく、しかし気高さを内に秘めた眼差し」に、強く心を動かされたのです。
その感動は、このアートフェスタにも確かに息づいています。東京で出会った「幻の獣」が、今こうして自分の暮らす地域で再び呼び起こされる──その小さなつながりを、展示全体を通じて感じることができました。
彼らが姿を消してから120年。現実的に考えて、もう二度と会うことはできないでしょう。しかし、もし再び姿を現してくれるのであれば、この東吉野の地に出てきてほしい――そう願わずにはいられません。

6.参考ページ

奈良県東吉野村公式サイト|ニホンオオカミ、幻となって120年記念アートフェスタ

産経ニュース|東吉野村で「オオカミ展」120年の節目に開催


ニホンオオカミ、幻となって120年記念アートフェスタ ~想像された狼たちが東吉野へやってくる!~

会期:2025年7月25日(金)~ 8月17日(日) 9:00~17:00 (8月16日は21:00まで)
会場:奈良県東吉野村住民ホール(奈良県吉野郡東吉野村小川99)
入場料:無料