奈良・春日大社国宝殿で開催中の「究極の国宝 大鎧展」は、日本に現存する国宝の鎧18件のうち、実に9件が一堂に会する、日本甲冑史上最大級の展覧会です。
なかでも注目は、“東西の横綱”と称される「赤糸威鎧(菊一文字)」と「赤糸威大鎧(竹虎雀飾)」が、今回初めて同じ空間に並び、通期で展示されている点です。どちらも鎌倉時代の名品であり、その威厳ある美しさ、精巧な意匠はまさに「動く宝石」と呼ぶにふさわしいものです。
屈強な鎌倉武士たちが実際に身にまとった大鎧の数々を、ぜひ心ゆくまでご堪能ください。
○大鎧とは何か
「鎧(よろい)」は戦の際に身を守るために着用した防具全般を指し、歩兵を含むすべての戦闘員が着用する対象でしたが、「大鎧(おおよろい)」は、平安時代末期から鎌倉時代にかけて、その当時、武力・統率力・家柄・美意識を兼ね備えるエリート戦士であった「騎馬武者」が着用した格式の高い甲冑を指します。
その特徴は、胴体を箱のように囲む重厚な構造と、大きく張り出した袖、そして小さな鉄や革の板(小札板・こざねいた)を色鮮やかな威糸(おどしいと)で綴じ合わせている点です。さらに、飾金具や皮革細工などの豪華な装飾が施され「動く美術工芸」と評されます。特に「赤糸威(あかいとおどし)」系の真紅の華麗な色調と、兜・袖・胴・草摺を含む完全なその具足の姿は源平合戦や元寇で戦った武士の心意気が見られるファン垂涎のポイントです。その鎧の名称に「大鎧」と入っていなくても、大鎧形式のものは多くあります。
○注目ポイント
① 国宝大鎧の「東西の横綱」が史上初の揃い踏み
現存大鎧の双璧である、大鎧の東の横綱、青森、櫛引八幡宮蔵「国宝 赤糸威鎧(菊一文字)」と大鎧の西の横綱、奈良、春日大社蔵「国宝 赤糸威大鎧(竹虎雀飾)」が、史上初めて同じ空間に並列展示されています。ともに14世紀、鎌倉時代後期制作ながら、菊一文字と竹虎雀というモチーフの対比、威糸の赤の濃淡、飾金具の意匠などを細部まで比較できるまたとないチャンスです。
私自身、この大鎧を見た第一印象は、よく五月人形で見る鎧のオーソドックスな形であると感じました。それもそのはずで、この大鎧らがその基準作となって五月人形の鎧のデザインに取り入れられており、日本人の生活の中にすでに認知されているものであると知りました。細部に違いはあれど、共に同時代・同系統の工房で作られた可能性が高いように思え、力強くも華麗な大鎧です。
② 国宝鎧の内18件中9件が集結
日本に現存する甲冑の国宝は計18件。本展ではその半数に当たる9件が一堂に会します。春日大社所蔵の名品はもちろん、通常は地域をまたいで巡らねば出会えない逸品が奈良に集結しており、鎧の制作年代・形式・色彩を網羅的に体験できます。
○平安時代後期
・小桜韋黄返威鎧 広島・嚴島神社蔵【前期展示】
鹿革(韋)一枚一枚全体に桜の小紋が入った威糸で、札板同士を繋いでおり、甲冑全体が気品あふれる雰囲気を持つ、源平合戦期の典型的な大鎧です。
・赤韋威鎧 岡山県立博物館蔵【後期展示】
鮮烈な赤韋の威し糸と幅広の兜が印象的な大鎧です。源平合戦期の武士が好んだ華やぎと、実戦を見据えた堅牢さを兼ね備えています。
○鎌倉時代
・赤糸威大鎧(梅鶯飾) 奈良・春日大社蔵【通期展示】
ひときわ長く伸びる鍬形が印象的な傑作大鎧で、徳川吉宗がその模造を命じた逸話も残る、華麗さの中に凛々しさが宿ります。現在は失われていますが、元々、不動明王をデザインした弦走の韋(胴に張られた絵韋(えがわ)。弓の弦が引っかかるのを防ぐもの)がついており、今回、CGで復元されています。
・籠手(流水菊蝶文飾) 奈良・春日大社蔵【前期展示】
「義経籠手」として名高い国宝で、手甲の菊と蝶の彫金の意匠が見どころです。籠手単独の国宝は本品のみで、その精緻さには驚かされます。
○鎌倉時代後期
・白糸威鎧 島根・日御碕神社蔵 東京国立博物館寄託【前期展示】
白糸の清冽な威しと、弦走の韋力に不動明王像を配した力強い胴が特徴です。武運長久を祈る信仰心と審美眼が一体となった希有な作品で、江戸時代(1805年)に松平不味公が修理したことでも知られています。
・赤糸威大鎧(竹虎雀飾) 奈良・春日大社蔵【通期展示】
赤糸威と金工の黄金の対比が豪華で、全体に竹と百羽の近くの雀の金具が目を引く大鎧の西の横綱です。左右の袖には正面向きの虎が配され、どことなくユーモラスな表情が特徴的です。
・赤糸威鎧(菊一文字) 青森・櫛引八幡宮蔵【通期展示】
陸奥国南部氏に伝来した赤糸威大鎧(竹虎雀飾)と双璧をなす由緒ある大鎧の東の横綱です。全体に菊文様の金具が配され、両袖には「菊一文字」の意匠をあしわれています。南朝方の歴史を物語る豪壮さと格調を味わうことができる大鎧です。
○南北朝・室町時代
・黒韋威矢筈札胴丸 南北朝時代 奈良・春日大社蔵【前期展示】
楠木正成奉納と伝わる皆具胴丸で、矢筈札とよばれる札板の下端がV字型(またはU字型)に切り込まれ、シャープな造形が特徴です。その形にカットすることで、重ねたときに板同士の間に隙間ができ、柔軟性が増すほか、全体が軽やかに見える美観的な効果もあります。もともとは防御力を高めるためや、動きやすくする工夫として生まれたとされており、南北朝時代の武士の質実剛健な精神をよく映しています。
・黒韋威胴丸 室町時代 奈良・春日大社蔵【後期展示】
室町期胴丸の典型例で、当時の部材がほぼそのまま残されている点が貴重です。実戦的な簡潔さと保存状態の良さが高く評価されています。
③ 自天王ゆかりの「縹糸威筋兜」、期間限定で特別公開
【公開日程:7月19日 (土) ~ 7月21日 (月) 、8月28日 (木) ~ 9月7日 (日) 】
この展覧会では、奈良県の川上村が所蔵する重要文化財「縹糸威筋兜(はなだいとおどし すじかぶと)自天王(じてんのう)御遺品」が特別に展示されます。
この兜は、室町時代前期の作で、淡い青色の縹色の糸が爽やかな印象を与え、古様をとどめた筋兜の造形美や、同時代の大袖・金具とあわせて伝来したことも大きな特徴です。縹色は藍の染料で染めているため、紫外線や空気中の酸素、水分、摩擦などに弱い性質のため、本来は退色してしまっていることが多いですが、この兜については鮮やかに残っています。
自天王(1440? ~ 1457)とは、南北朝統一後も奈良県吉野地方、特に川上村を拠点に南朝再興を目指し、忠義王と共に室町幕府へ抵抗し続けた後南朝の皇子とされる人物であり、1457年の長禄の変で川上村の山中で室町幕府の追討軍に捕らえられて非業の最期を遂げ、後南朝の歴史はここに終止符が打たれました。その後、村の人々は自天王の御陵や彼の遺品であるこの兜を大切に守り、祭礼や伝説を通じて後南朝の記憶を地域の誇りとして現在に伝えており、その精神を静かに受け継いでいます。
普段は川上村の金剛寺で厳重に保管され、毎年2月5日に自天王をしのぶ「御朝拝式」にしか公開されません。報道によるとこの兜が村外に出るのはこれが最初で最後とのことですので、ぜひお見逃しなく。
④ 色彩と素材の競演
赤糸・白糸・黒韋・縹糸など多彩な威糸が並ぶと、同じ鎧でも受ける印象は大きく異なります。さらに、胴丸や籠手、筋兜など部位ごとに異素材が組み合わされ、金銀鍍金や螺鈿、漆皮(すきかわ)といった装飾技法が融合し、鎧の主目的が「身体を守る道具」であることを忘れさせるほどの装飾美に圧倒されることでしょう。
○鑑賞を充実させる3つのコツ
可能であればぜひ前後期ともに鑑賞してください
展示の都合で一部鎧が期間の途中で入れ替わります。出品目録には「展示期間」も明記されていますので、目当ての鎧がどちらの期に出るか要チェックです。
比較目線で見てみてください
並列展示では、威糸の色や札板の大きさ、兜鉢の高さなどをメモしながら見ると鎧の個性がくっきり浮かびます。
装飾金具に注目してみてください
竹虎雀や梅鶯など、金具は鎧ごとにストーリーを語ります。スズメの羽数や虎の表情など、細部をじっくり観察すると職人技の凄みを体感できます。
○アクセス&拝観プラン
春日大社国宝殿は、JR・近鉄奈良駅から春日大社本殿行きバスで10分弱。「春日大社本殿」バス停を下車して参道を進み徒歩で約15分です。世界遺産・春日大社や東大寺、興福寺の参拝や隣接の春日山原始林散策とセットで回ると、一日たっぷり満喫できます。
その他にも午前中に参拝と展覧会、午後にならまちの町家カフェで休憩といったルートも楽しむことができます。館内は1階のみ撮影可で、上記の大鎧は撮影できません。
○まとめ
「鎧のふるさと」奈良に、日本甲冑史上最高峰の名品が一堂に会する「究極の国宝 大鎧展」。豪華絢爛な赤糸威の競演から、武士の実戦思想を映す黒韋胴丸、さらには伝説を帯びた義経籠手や縹糸威筋兜まで、どの一点を取っても主役級です。
夏の奈良は緑も濃く、春日山の木陰を吹き抜ける風が心地よい季節。神域に抱かれた国宝殿で、武士たちが身にまとった「生きた宝石」に出会い、鎌倉の息吹を感じてみてはいかがでしょうか。
(※会期・展示作品・イベント内容は変更となる場合があります。最新情報は公式サイトをご確認ください)
特別展 究極の国宝大鎧展 ~日本の工芸美術の粋を集めた甲冑の美の世界 ~
会場:春日大社国宝殿
開催期間:令和7年7月5日(土)~9月7日(日)
前期:7月5日(土)~8月3日(日)
後期:8月9日(土)~9月7日(日)
休館日:8月4日(月)~8月8日(金)
開館時間:10:00~17:00(入館は閉館30分前まで)
観覧料:一般1,500円、大学生・高校生1,200円、中学生・小学生500円。ネットでも発売。


