「禅寺の展覧会って、なんだか難しそうで、地味な印象がある。」
もしそう思われているのなら、特別展「妙心寺 禅の継承」は、そのイメージを鮮やかに塗り替えてくれるはずです。
会場は天王寺公園の中にある大阪市立美術館。展示室を出て公園の空気に触れた瞬間、「呼吸が戻る」——その感覚まで含めてこの展覧会は完成します。(海北友松《花卉図屏風》左隻 Image: Flowers, Kaihō Yūshō, Public Domain)
本展は、京都の名刹・妙心寺の基礎を固めた第二世、授翁宗弼(じゅおうそうひつ/微妙大師)の650年遠諱を記念して開催される妙心寺決定版級の展覧会です。
見どころは精神論としての禅にとどまらず、桃山〜江戸初期の日本絵画史を彩る「豪華絢爛な視覚体験」を、当時の儀礼空間を想起させる展示で味わえる点にあります。(海北友松《花卉図屏風》右隻 Image: Flowers, Kaihō Yūshō, Public Domain)
普段は非公開の妙心寺塔頭(たっちゅう)の襖絵や屏風が、かつての荘厳な儀礼空間を再現するように並びます。圧倒的な金の装飾とその「圧」に惹きつけられた後、いつの間にか自らの呼吸が整っていくことに気づくでしょう。
本記事では「大阪市立美術館 妙心寺 禅の継承(2026)」を、前期・後期の見どころとともに整理します。
1. 展示の地図:大阪市立美術館「妙心寺 禅の継承」の4つの景色
この展覧会は、妙心寺が守り継いできた宝物を、単なる鑑賞物ではなく「空間」と「呼吸」の物語として繋いでいます。公式の章立てに沿って、全体を「4つの景色」で把握しましょう。
A|第一章「開山忌の荘厳」:儀礼空間を立ち上げる屏風
幕開けは大方丈(メインホール)を想起させる空間です。開山忌の儀礼で屏風が立て廻された「しつらえ」を、海北友松×狩野山楽の作品で体感します(前後期で入替あり)。
展示の目玉①
【前期展示】海北友松《琴棋書画図屏風》× 狩野山楽《文王呂尚・商山四皓図屏風》
【後期展示】海北友松《寒山拾得・三酸図屏風》× 狩野山楽《厳子陵・虎渓三笑図屏風》
【通期展示】海北友松《花卉図屏風》、狩野山楽《龍虎図屏風》
どこを見る?
金地の派手さより、線のスピードに注目してください。友松の鋭さと山楽の粘りが、空間にどのような「緊張」と「荘厳」を与えるのか。
視線が「絵」から「空間」へ移り替わる瞬間を待ちましょう。
B|特別展示 I「天球院の襖絵」:“黄金の迷宮”を体験する
本展の中心展示です。狩野山楽・山雪の天球院襖絵を、圧倒的な面数で“空間ごと”体験できます。
展示の目玉②
重要文化財《竹林猛虎図襖》(20面中16面)
重要文化財《梅花遊禽図襖》(18面中8面)
重要文化財《朝顔図襖》(18面中8面)
どこを見る?
「黄金の迷宮」は比喩ではありません。四方を黄金で囲むことで、画面が“部屋のリズム”を支配します。幾何学的な構成(斜めの流れ)が空間化したときに生まれる感覚に身を委ねてください。
C|第二章「妙心寺史」+第三章「珠玉の寺宝」:継承の芯に触れる
黄金の世界で昂った目を、墨一色の線が静かに落としていきます。花園法皇像や宸翰(しんかん)、そして国宝の宗峰妙超(大燈国師)墨蹟が、巨大寺院の継承の芯を「言葉」で支えます。
また第三章では、狩野元信の方丈障壁画級の名品がまとまって登場し、日本美術の白眉を俯瞰することができます。
展示の目玉③
【前期展示】
国宝 宗峰妙超(大燈国師)墨蹟「関山」道号(Image: Kanzan, Shūhō Myōchō, Public Domain.)
【後期展示】
国宝 宗峰妙超 墨蹟 印可状
重要文化財 長谷川等伯《枯木猿猴図》(Image: Koboku Enkō-zu (Pine Trees, left part), Hasegawa Tōhaku, Public Domain.)
【前期・後期で分割展示】
重要文化財 狩野元信 霊雲院方丈障壁画《四季花鳥図》



どこを見る?
文字の形ではなく、線のスピードと止まりです。前期の「関山」道号は師の意志が、後期の印可状は「継承」の重みが前に出ます。(国宝 宗峰妙超 墨蹟 印可状 Image: Inka-jō, Shūhō Myōchō, Public Domain.)
また長谷川等伯の猿は、墨の濃淡だけで“静寂の密度”が上がる瞬間を見せてくれます。
D|第四章「大阪の妙心寺派」+特別展示II:ネットワークの広がりへ
本展が「京都の展覧会」で終わらない理由がここにあります。大阪の妙心寺派が所蔵する白隠作品や仏像、そして微妙大師ゆかりの妙感寺の寺宝(特別展示II)を通じ、禅のネットワークの広がりを体感できます。
どこを見る?
ここは「名品を見る」より、継承が土地に根づく手触りを拾う場所です。
同じ“禅”でも、地域で表現が変わることに注目してください(肖像/墨蹟/仏像/白隠の表現の振れ幅)。作品単体の上手さではなく、「誰が、どの寺で、何のために守ってきたか」という来歴を意識すると、第四章が「地理の章」になります。
特別展示II(妙感寺)は、豪華さから静けさへ向かう流れの中で、信仰の現場(祈りの温度)をひとつ挟む役割があります。展示室の空気が少し変わる瞬間を感じてみてください。
【深掘りコラム】なぜ妙心寺で狩野山楽なのか
本展を語るうえで外せない絵師が、狩野山楽(かのう さんらく)です。桃山〜江戸初期の金碧障壁画を代表する絵師として知られます。
山楽といえば《龍虎図屏風》が有名で、対峙する緊迫感は、その場に集う人々の背筋を伸ばし、非日常の儀礼空間へと引き込むための設計です。さらに第一章「開山忌の荘厳」には、山楽筆の《文王呂尚・商山四皓図屏風》(前期)と《厳子陵・虎渓三笑図屏風》(後期)も並びます。(狩野山楽《龍虎図屏風》Image: Ryūko-zu Byōbu (Tiger, detail), Kanō Sanraku (1559–1635), Public Domain.)
つまり山楽は「一点の名作」の絵師ではなく、儀礼空間そのものを立ち上げる中核として現れます。屏風は展示壁の「作品」ではなく、置かれた瞬間に部屋の緊張をつくり、立ち居振る舞いを変える装置になります。(狩野山楽《龍虎図屏風》Image: Ryūko-zu Byōbu (Dragon, detail), Kanō Sanraku (1559–1635), Public Domain.)
山楽の絵は、その装置としてのエネルギーを身体で受け取れるところが醍醐味です。
2. 鑑賞を深めるための「3つの視点」
「静」だけではない、禅のダイナミズムを知ります。
禅寺には厳しい修行の場であると同時に、武将たちが寄進した最高級の文化が集積しています。静かな座禅のイメージはいったん脇に置き、当時のエネルギーをそのまま受け取ってください。
「斜め」から「垂直」へ、身体のテンションを追います。
山楽の対角線のエネルギー(斜め)を感じた後、墨蹟の静かな「垂直」の線をご覧ください。身体のテンションが劇的に切り替わるのが分かります。その揺らぎこそが、この展覧会の醍醐味です。
大阪市立美術館で見る「必然性」を感じます。
第四章「大阪の妙心寺派」では、難波寺や大仙寺など大阪の寺院所蔵の名品が並びます。妙心寺派のネットワークが大阪でどう根付き、今に繋がっているのか。地理的な広がりにも意識を向けると、展覧会の輪郭が一段くっきりします。
3. よくある疑問(FAQ)
Q. 禅の知識がなくても楽しめますか?
A. 楽しめます。前半は金碧屏風・襖絵の「視覚体験」が入口になり、後半で墨蹟の線へ自然に着地する構成です。
Q. 前期と後期、どちらがおすすめですか?
A. 国宝の墨蹟が入れ替わるため、目当てで選ぶのがおすすめです。前期は「関山」道号、後期は印可状が核になります。長谷川等伯《枯木猿猴図》を狙うなら後期です。
Q. 所要時間はどれくらいですか?
A. 目安は60〜90分、墨蹟や障壁画まで丁寧に見るなら90〜120分程度をおすすめします。(混雑で前後します)
豪華さに圧倒されていい。そのあとで、必ず静けさが追いついてきます。
妙心寺が650年にわたって守り抜いてきた「継承」の重みを、ぜひその身体で、眼差しで確かめてみてください。
見終えたら、天王寺公園を少し歩いて深呼吸してみるのも良いかと思います。展示室で整った呼吸が、日常の景色にどう戻るか感じてみてください。
4. 展覧会情報
会期:2026年2月7日(土)〜 2026年4月5日(日)
前期:2/7(土)〜3/8 後期:3/10〜4/5(日)(展示替えあり)
会場:大阪市立美術館(天王寺公園内)
開館時間:9:30〜17:00(入館は16:30まで)
休館日:月曜日(ただし2/23は開館)、2/24(火)
観覧料:一般 2,000円/高大生 1,300円/小中生 500円
※出品目録は展示替え・保存上の都合により変更になる場合があります。
最新情報は公式ホームページでご確認ください。

