スウェーデン国立美術館 素描展 鑑賞記② ドイツ・ネーデルラント編

上野・国立西洋美術館で開催中の「スウェーデン国立美術館 素描コレクション展」。
前回はイタリアとフランスを中心にご紹介しましたが、今回は後半のドイツとネーデルラントに焦点を当てます。

2.国別の傾向と作例

ドイツ ~精緻さと構築性~

ドイツでは黒チョークや金属筆による精緻な線描が中心で、建築的な構成力や緻密さが際立ちます。ウォッシュは控えめで、線を積み重ねて立体感を生み出すのが特徴です。

アルブレヒト・デューラー(1471–1528)

「北方ルネサンスを世界へ広めた万能の錬金術師」
時代・ジャンル:北方ルネサンス
背景・功績:画家・版画家・数学者として多方面に活躍。銅版画・木版画を芸術の域に高め、『メランコリアⅠ』『自画像』などで知られます。自然観察の精緻な素描も名高く、北方芸術をヨーロッパ全域に広めました。
作品紹介:『編み髪の若い女性の肖像』は、黒チョークに白のハイライトを加えたもの。髪の一本一本まで精緻に表され、まるで鉱物の結晶を覗き込むような硬質な緻密さが感じられます。ドイツ・ルネサンスの「細密の国」らしい精神が結晶した一枚です。

ハンス・ホルバイン(子)(1497–1543)

「冷徹な写実で人間を映す鏡」
時代・ジャンル:北方ルネサンス、肖像画
背景・功績:バーゼルで活動後、イギリス宮廷に招かれヘンリー8世の宮廷画家として活躍。冷徹な写実性と精緻な線描で知られ、『大使たち』などに代表される二重的な象徴性を持つ作品をのこしています。ステンドグラス下絵や装飾画も手掛けています。
作品紹介:『ラフナー家の紋章を描くステンドグラスの下絵』は、ペンとインクにグレーのウォッシュを添えた作品。建築的な構成と装飾的モティーフが緊張感を生み、同時に工房制作の設計図としての機能美を示しています。実用性と美しさが同居する点にドイツ的な合理性が表れています。

ネーデルラント ~自然観察と光の表現~

ネーデルラントではペン+インクに淡いウォッシュを重ねる技法が主流となり、自然の光や空気感を生き生きと表現しました。レンブラントに代表されるように、白の修正を駆使して光を劇的に演出する画家も登場しました。

ヤン・ブリューゲル(父)(1568–1625)

「花と森を愛したフランドルの詩人」
時代・ジャンル:フランドル・バロック、風景画・花の画家
背景・功績:『バベルの塔』で著名なピーテル・ブリューゲル1世の次男。細密な花の静物画や豊かな風景画で人気を博し、「花のブリューゲル」と呼ばれ、自然の多様な美を描き出し、17世紀フランドルの自然主義を支えました。代表作はルーベンスと共同で描いた『花輪の聖母子』等があります。
作品紹介:『旅人と牛飼いのいる森林地帯』は、ペンと黒・褐色インクに青のウォッシュを重ねた作品。細い線描と淡い色調の組み合わせによって、森の湿った空気や光の透過が生き生きと伝わります。スナップ写真のように現場感覚が刻まれ、オランダ風景画の萌芽を感じました。

レンブラント・ファン・レイン(1606–1669)

「光と影で魂を描いたオランダ黄金期の巨匠」
時代・ジャンル:オランダ黄金時代、バロック絵画
背景・功績:光と影を駆使した劇的表現で、歴史画・肖像画・宗教画に革新をもたらしました。版画や素描にも傑作が多く、『夜警』『ダナエ』などと並んで素描からも人間の魂を描き出しています。
作品紹介:『キリスト捕縛』は、リードペンによる鋭い線と褐色・灰色のウォッシュ、さらに白の修正が重ねられています。光源の炸裂と人々の心理的緊張が一瞬にして表され、レンブラントが「光と闇の画家」であることを素描の段階からすでに証明する迫力でした。

3.考察

今回の展示で強く感じたのは、素描が単なる「下書き」にとどまらないという点でした。そこには作家の呼吸や即興の閃き、熟考の跡が生々しく刻まれています。

また、国ごとの特徴が素描にも明確に表れていたことも非常に興味深いポイントでした。
イタリアは均整と運動感、フランスは装飾性と幻想性、ドイツは精緻さと構築性、ネーデルラントは自然観察と光の表現――それぞれが、その国の油彩画から受け取る印象とも響き合っています。
素描を通して改めて「西洋美術の多様性」を体感することができました。

さらに、日本でもよく知られる巨匠たちの「素描」を見ることで、油彩による完成作とは異なる一面を知ることができたのも大きな収穫です。
たとえばレンブラントの劇的な陰影表現は油彩でも有名ですが、素描の段階ですでに光と闇のせめぎ合いが試されており、その天才性をより強く実感できました。

4.まとめ

「素描」は、単に巨匠たちのスケッチを集めたものではなく、西洋美術史の裏側に流れる「思考の記録」を可視化する試みでした。
完成された絵画以上に、素描は画家の人間らしさや瞬間的な感覚を濃厚に伝えてくれる場面が少なくありません。

線の一本、陰影の一重に込められた息遣い――それは今なお鮮やかに、紙の上に生き続けています。


【関連ページ】
スウェーデン国立美術館 素描展 鑑賞記① イタリア・フランス編

【展覧会情報】
スウェーデン国立美術館 素描コレクション展  ~ルネサンスからバロックまで~

会期:2025年7月1日(火)〜 2025年9月28日(日)
会場:国立西洋美術館 特別展示室
開館時間:通常 9:30〜17:30 (金・土:〜20:00)
※入館は閉館30分前まで
休館日:月曜日 9月16日(含まれる祝日は開館)
観覧料:一般:2,000円 大学生:1,300円 高校生:1,000円
中学生以下・障がい者手帳保持者+付き添い1名:無料