密やかな美 小村雪岱のすべて 徹底紹介

はじめに|名前を知らなくても、立ち止まってしまう

美術館で、派手でも分かりやすくもないのに、なぜか立ち去れない作品に出会うことがあります。本展「密やかな美 小村雪岱のすべて」は、まさにそんな体験をもたらす展覧会ではないでしょうか。

正直なところ、小村雪岱という画家に、最初から明確なイメージを持っている人は多くないかもしれません。

ですので本展をきっかけに、彼の作品に触れてみるのも一つの方法かもしれません。

画像作品は『青柳』(画像:パブリックドメインQ)

プロローグ|余白に導かれる

展示の冒頭では、『青柳』『雪の朝』『落葉』などの代表作が並びます。

描かれているのは人物や風景ですが、まず注目したいのは、モチーフの周囲に残された余白です。

彼の美意識を直感的に掴むための導入として配置されており、人物そのものより、どこまで描かれていないかに目を向けると、静けさの質が立ち上がってきます。

画像作品は『雪の朝』『落葉』(画像:パブリックドメインQ)

第1章|基礎を徹底した画家

小村雪岱(こむら・せったい)は1887(明治20)年、埼玉県川越市に生まれました。幼少期に両親を相次いで失い、伯父のもとで育てられています。(Image: Portrait of Settai Komura (1936), provided by Settai Komura’s bereaved family, Public Domain.)

16歳で日本画家の荒木寛畝に入門し、その後、東京美術学校(現・東京藝術大学)日本画科 に進学。下村観山の教室で古画の模写や風俗考証を徹底的に学び、後年の装幀や挿絵に通じる「線の正確さ」を身につけました。

本章では彼の初期の作品が展示されています。人物表現よりも、線の正確さや構図の安定感に注目すると、のちの洗練を支えた基礎がよく分かります。

第2章|泉鏡花との出会いと装幀の革新

彼の画業を語るうえで欠かせないのが、作家の泉鏡花との仕事です。

1914(大正3)年、鏡花の代表作『日本橋』の装幀を手がけたことで、雪岱の名は世に広く知られるようになります。

本章では、同一作品に関わる装幀や挿絵がまとまって展示されています。

絵そのものだけでなく、文字の配置や余白の取り方に目を向けると、装幀が「物語の入口」として設計されていることが実感できます。

第3章|デザイナーとしての感覚、古典とモダンの交差点

雑誌や商業デザインの仕事が並ぶ本章では、彼のデザイナーとしての側面が前面に出てきます。

古典的な文様や日本的モチーフを用いながらも、画面は過剰に装飾されることがありません。
ここでは、全体のバランスや引き算の感覚を見ると印象が変わります。

展示は紙面サイズの作品が連続して並ぶ構成となり、その連続性自体が、彼の仕事の性質を物語っています。

※参考作品:本展覧会での出品なし
鳩笛、三春駒、さるぼぼ(1927年、Image: Iwaya (1927) cover, by Settai Komura (1887–1940), Public Domain.)

第4章|移り変わる時代の揺れの中で表現を広げる

1920年代後半、日本は大正から昭和へと移行していきます。
西洋文化の流入と都市文化の成熟により、「日本らしい美」の価値が揺れていた時代です。

この時期の展示では、新聞や雑誌に掲載された挿絵原画が中心となります。
視線がどこからどこへ流れるかを追ってみると、媒体が変わっても一貫した設計思想が見えてきます。

第5章|人と仕事をする画家

彼は、孤高の画家ではありませんでした。
文学者や演劇人との協働の中で、その美は磨かれていきます。

新派俳優の、花柳章太郎
・劇作家の、久保田万太郎
・作家の、大佛次郎

本章では、作家や人物ごとに仕事がまとまって展示されているため、画面のトーンには一定の連続性があります。誰の表現を支える仕事だったのかを意識すると、彼の立ち位置がより立体的に見えてきます。

第6章|挿絵の真骨頂と「昭和の鈴木春信」

新聞小説の挿絵原画が並ぶ本章は、展示点数・仕事量の両面から見て、本展の中核をなす章です。

ここでは、人物の表情よりも、「人物同士の距離感や画面に残された間」に注目してみてください。描き込みは少なくても、感情の温度が伝わってくる理由が分かります。

この抑制された美から、彼は「昭和の鈴木春信」 と評されました。

※参考作品:本展覧会での出品なし
巌谷小波著『日本お伽噺集』(日本児童文庫10)「大江山」(1927年、Image: Iwaya (1927), by Settai Komura, Public Domain.)

第7章|舞台と映画へ、空間の美へ

彼の仕事は紙の上にとどまりません。

舞台装置の分野でも独自の感覚を発揮し、『一本刀土俵入り』『大菩薩峠』などを手がけました。

さらに、映画監督の溝口健二の作品で美術を担当するなど、視覚表現を空間全体として捉える仕事へと展開していきます。資料展示が中心ですが、射程の広さが伝わる章です。

第8章|別れと、残る余白

小村雪岱は1940(昭和15)年、脳溢血により亡くなりました。53歳でした。

晩年の作品では、装飾はさらに削ぎ落とされ、余白と線の力がいっそう際立ちます。
全体を通して、挿絵という媒体を軸に画業をたどる構成であることが、ここで静かに
回収されます。

まとめ|静かに基準を整えた画家

彼は、時代の変化に声高に抗うのではなく、静かに美の基準を整え続けた画家でした。

本展は、展示構成や作品の性質を理解したうえで向き合うことで、より納得感のある鑑賞体験につながります。

彼の名前を知らなくても、気づけば心に残っている。それこそが、小村雪岱の仕事の本質なのかもしれません。

そんな余白を残す展覧会だと思います。

展覧会情報

密やかな美 小村雪岱のすべて

会場:あべのハルカス美術館(あべのハルカス16F)
住所:大阪府大阪市阿倍野区阿倍野筋1-1-43
会期:2025年12月27日(土)〜 2026年3月1日(日)(前期:12/27〜2/1、後期:2/3〜3/1)
休館日:12/31、1/1、2/2
開館時間:火〜金 10:00–20:00、月土日祝 10:00–18:00(入館は閉館30分前まで)
当日券:一般 1,800円/大高生 1,400円/中小生 500円(前売・団体あり)

巡回:千葉市美術館へ巡回予定(会期は別途発表)