東京都美術館で開催される『スウェーデン絵画 北欧の光、日常のかがやき』は、スウェーデン人作家の作品で構成され、スウェーデン国立美術館の特別協力のもと、19世紀末〜20世紀初頭の黄金期を中心に約80点でたどる展覧会です。
近年日本でも北欧絵画の紹介が続き、2024年にはSOMPO美術館等で「北欧の神秘―ノルウェー・スウェーデン・フィンランドの絵画」が開催されました。
本展はスウェーデンに焦点を絞り、光と日常を軸に、一国の近代がどのように形づくられたかをたどる構成です。スウェーデンがあまり馴染みがない方ほど、この記事を読んでいただければと思います。
本展を理解するキーワード:「自然」「光」「日常のかがやき」
スウェーデン出身の作家たちが、フランスで学んだレアリスムや自然主義を起点にしながら、やがて「スウェーデンらしい」感性へと戻っていく流れが、章立てそのものになっています。
特に重要な視点として挙げられるのが「北欧の光」です。晴天のきらめきだけでなく、夕暮れや薄明の繊細さが、終盤に向かって強く立ち上がるよう設計されています。
本展のキーパーソン作家
「スウェーデンにはどんな作家がいるの?」「どんな作品を作ったの?」
そう疑問に思われている方が大半かと思いますので、ここではスウェーデンを代表する5名の作家を紹介します。
カール・ラーション
カール・ラーションはスウェーデンにとって彼は日本で言う歌川広重のような存在です。
広重が代表作《東海道五十三次》によって「日本とはこういう風景の国だ」というイメージを定着させたように、彼もまた室内や家族、日常の光景を描くことで、「スウェーデンの暮らしとはこういうものだ」という像を社会に固定しました。
彼の作品は、個人の表現である以上に、国全体の自己像を形づくった点に大きな特徴があります。
疲れている人/どこかに「帰りたい」気持ちがある人におすすめの作家です。
掲載作品は《カードゲームの支度》(1901)。Till en liten vira (1901), Carl Larsson, Public Domain.
彼の作品は第4章の展示の核となっており、インテリアの正しさより、生活のリズムが画面を組んでいる点にご注目ください。
アンデシュ・ソーン
アンデシュ・ソーンは、日本で言えば黒田清輝に近い立ち位置です。
西洋近代の技法を完全に自分のものとし、アカデミーの中心的存在として、スウェーデン美術が国際水準に達したことを示す基準点となった存在です。肖像、裸婦、室内表現まで幅広く手がけ、技術の確かさと社会的評価の両方を兼ね備えた作家です。
掲載作品は《故郷の調べ》(1920)。Image: Home Tunes, Anders Zorn, Public Domain.
絵のうまさに痺れたい人/美術そのものが好きな人におすすめの作家です。
第4章の展示では、その親密さがリアルに表現されています。
アウグスト・ストリンドバリ
同時代の他の作家と異なる方向を示したのがアウグスト・ストリンドバリです。
彼はスウェーデンの文豪としても知られますが、絵画においては理性や写実よりも、感情や不安、精神の揺れを前面に押し出しており、まるで「感情の天気図」のようです。
その姿勢は、日本美術で言えば岸田劉生に重なります。評価が割れながらも、近代が内包する不安を可視化した重要な存在です。文学と美術の両分野で活動した点も、彼の特異性と言えるでしょう。
掲載作品は《ワンダーランド》(1894)。Image: Underlandet (1892), August Strindberg, Public Domain.
気持ちが揺れている人/言葉にできない不安を抱えている人におすすめの作家です。
第5章の展示では、うまい/下手ではなくその絵肌が感情の器になっているかをご覧ください。
エウシェーン王子(プリンス・オイゲン)
風景画の分野でエウシェーン王子は独自の役割を果たしています。
彼の描く風景には劇的な事件は起こりませんが、静けさと余白のなかに時間の流れが感じられます。この感覚は、日本美術の横山大観がたどり着いた「精神を整える風景」に近いものです。
掲載作品は《静かな湖面》(1901)。Image: Calm Water, Prins Eugen (1865–1947), Public Domain.
静けさに慣れている人/何も起きない時間を大切にできる人におすすめの作家です。
第6章の展示では、湖面や薄明が「時間の層」になっています。
グスタヴ・フィエースタード
自然そのものを内面の風景へと昇華させたのがグスタヴ・フィエースタードです。
雪や森、月光といった限られたモチーフを通して、自然を癒しではなく「時間や孤独の器」として描きました。その姿勢は、日本美術では東山魁夷を思い起こさせます。
掲載作品は《冬の月明かり》(1895)。Image: Winter Moonlight, Gustaf Fjæstad, Public Domain.
自然に沈みたい人/静かに考えごとをしたい人におすすめの作家です。
第6章の展示では、白一色ではなく青/灰/銀の差で空気が立ち上がります。
展示構成
本展は全6章で構成されています。
第1章:スウェーデン近代絵画の夜明け
伝統的な美術教育(王立美術アカデミー)の設立や、イタリアやドイツ(主としてデュッセルドルフ)への留学の中で培われた風景画学習を背景に、近代の起点を紹介する章です。

作例:ニルス・ブロメール《草原の妖精たち》(1850)Image: Ängsälvor (Meadow Fairies), Nils Blommér, Public Domain.
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空のグラデーションと人物群のリズム。“物語”の気配が、後半の象徴主義への伏線になります。
第2章:パリをめざして―フランス近代絵画との出合い
1880年代になると、スウェーデンの若い世代がパリへ留学し、当時流行していた印象派だけでなく、レアリスムや自然主義(バスティアン=ルパージュなど)への共鳴が展示の軸になります。

作例:カール=フレードリック・ヒル《花咲くリンゴの木》(1877)Image: Apple Tree in Blossom, Carl Fredrik Hill, Public Domain.
どこを見る?
“写実”が目的ではなく、空気と光の手触りを描写が支えています。光が主役になっていく兆しです。
第3章:グレ=シュル=ロワンの芸術家村
戸外制作(プレナール)を実践する場として、パリ近郊のグレ=シュル=ロワンに北欧の芸術家コロニーが形成され、その中での活躍を紹介する章です。

作例:カール・ノードシュトルム《グレ=シュル=ロワン》(1885–86)Image: Grez-sur-Loing, Karl Nordström, Public Domain.
どこを見る?
田園の静けさを、色彩の透明感で“息の長さ”として表現している点に注目してみてください。
第4章:日常のかがやき―“スウェーデンらしい”暮らしのなかで
留学を終え、帰国した画家たちが、故郷の日常や身近な人々へまなざしを戻し、その中から生まれた作品を紹介する章です。

代表作例:オスカル・ビュルク《エウシェーン王子》(1895)。Image: Prince Eugen, Oscar Björck, Public Domain.
どこを見る?
手の動きが止まる一瞬の間に注目してください。この絵の主役は人物ではなく、室内に満ちる“考える時間”です。
第5章:現実のかなたへ―見えない世界を描く
客観描写よりも感情/気分/内面へ。スウェーデン絵画が合理主義への反動として、象徴主義とも呼応する流れが強まっていく様子を紹介する章です。

作例:ヨーセフソン《水の精(ネッケン)》(1882)Image: Näcken, Ernst Josephson, Public Domain.
どこを見る?
“何が描かれているか”より、絵肌・渦・濁りが感情の器になっているか。民話や寓話は、説明より温度で受け取ると楽になります。
第6章:自然とともに―新たなスウェーデン絵画の創造
1890年代〜世紀転換期、森林や湖、冬景や薄明の時間が「発見」され、表現が更新されていく章です。

作例:ニルス・クルーゲル《夜の訪れ》(1904)Image: Nightfall, Nils Kreuger, Public Domain.
どこを見る?
光は“明るさ”ではなく時間の層として置かれます。画面の空の色の移ろいで、夜が降りる速度を感じてみてください。
“ここを見逃さない” 展示のハイライト
- 第4章→第5章の切り替わり:日常の親密さから、内面/象徴へ。気分の温度が変わる瞬間が注目点で、スウェーデン絵画の面白い点です。
- 第6章の薄明:北欧の光が“風景の説明”ではなく、“時間の詩”として効いてきます。
- 代表作で迷ったら:《カードゲームの支度》《ワンダーランド》《冬の月明かり》を芯に鑑賞すると、全体がつながりやすくなります。
展覧会情報
会期:2026年1月27日(火)〜 2026年4月12日(日)
会場:東京都美術館
開室時間:9:30〜17:30(金曜は20:00まで)※入室は閉室30分前まで
休室日:月曜、2月24日(火)※2月23日(月・祝)は開室
巡回予定(※会期は変更となる場合があります):
山口県立美術館 会期 2026年4月28日(火)~ 2026年6月21日(日)(予定)
愛知県美術館 会期 2026年7月9日(木)~ 2026年10月4日(日)(予定)


