万博のレガシーを歩く|黒川紀章と和歌山県立近代美術館

1.万博のレガシーを、建築の中で読む

和歌山県立近代美術館外観和歌山県立近代美術館で開催中の企画展「万博のレガシー ― 解体と再生、未完の営為を考える ―」は、19世紀初期の万博から1970年の大阪万博、さらに2025年の大阪・関西万博へとつながる流れをたどりながら、万博に託されてきた理想と、その背後にあった課題を見直す展覧会です。

なかでも印象深い展示は、第2部「メタボリズムと共生 黒川紀章のEXPO ’70を中心に」で、ここでは、1970年大阪万博に関わった建築家・黒川紀章の仕事が紹介され、未来を夢見た時代の熱が、図面や模型のなかから立ち上がってきます。

しかも、その展示を見ている場所そのものが、のちに彼自身が設計した和歌山県立近代美術館であることも、この企画の大きな魅力です。

この展覧会は、作品を見るだけでなく、建築のなかで思想を体感する場にもなっています。2025年の大阪・関西万博を経た今だからこそ、万博が何を残したのかをあらためて考えるきっかけにもなるのではないでしょうか。

(画像:和歌山県立近代美術館外観 著者撮影)

2.「メタボリズム」とは何か ── 壊されることを含んだ未来

黒川紀章《EXPO ’70 空中テーマ館住宅カプセル[スケッチ]》黒川紀章を語るうえで欠かせない言葉が、「メタボリズム」です。

いまでは別の意味で耳にすることも多い言葉ですが、ここでは「新陳代謝」と訳されます。少し難しそうに聞こえるかもしれませんが、要するに、建築や都市を完成された固定物ではなく、変化し続ける生命体のように考える発想です。

1970年大阪万博で黒川が手がけた建築には、未来の都市や住居を一気に形にしようとする勢いが見られました。そこでは、建築は永遠に同じ姿で残るものではなく、その時代によって組み替えられ、入れ替わり、更新されていくものとして想像されていたのです。

彼の万博建築がどこか眩しく、同時に儚く見えるのは、その多くが最初から「いつか壊されるもの」としてつくられていたからかもしれません。

──創造と解体を前提にした祝祭空間。

そのダイナミズムこそが、万博とメタボリズムを結びつける大きな魅力です。

画像:黒川紀章《EXPO ’70 空中テーマ館住宅カプセル[スケッチ]》1969年 黒川紀章建築都市設計事務所蔵

3.和歌山城の隣に立つ、美術館という応答

展示室を出て、美術館の建物そのものに目を向けてみると、黒川紀章の思想は少し違う表情を見せます。

黒川紀章《和歌山城との方角関係図》この美術館は、かつての紀州徳川藩の居城である和歌山城の南側に位置しています。黒川は、この歴史的な存在と「対をなす」イメージを土台に設計を進めました。一見すると奇抜にも見える建物ですが、東側の三段庇は天守閣の屋根とネガポジの関係になるようデザインされたといい、北側に大きく突き出した屋根は刀をイメージさせます。また全体的に四角形を感じさせるデザインは城郭の堅牢さを思わせます。

そこにあるのは、伝統と現代の景観をどう共生させるかという発想です。周囲の歴史的環境との調和を意識しながら、来館者の動線のなかに視線の変化が生まれる体験まで、この建築のなかに織り込まれていました。

ここで大切なのは、この美術館がお城を模した建築ではない、という点です。歴史的建築の隣にあるからといって、安易に和風の形へ寄せたのではありません。むしろ黒川は、城郭という「動かない歴史」に正面から向き合いながら、現代建築である美術館をどう環境の中で共生させるかを考えたのだと思われます。

画像:黒川紀章《和歌山城との方角関係図》 和歌山県立近代美術館蔵

4.変わり続ける思想と、変わらない風景

《和歌山県立近代美術館・和歌山県立博物館模型 1/200》その関係性を踏まえて、実際に美術館の周辺を歩きながら見てみると、彼の建築の面白さがよくわかります。

万博の建築が、変化し続ける未来の象徴だったとすれば、この美術館は、変わらない歴史のそばに身を置くことで、別の生命力を得ているように感じます。

和歌山城が何百年もの時間を蓄えた垂直の存在だとすれば、この美術館は長い庇を水平に伸ばし、影を落とし、足元の空間を整えながら、その隣で静かに呼吸する存在だといえるでしょう。

壊されることを前提とした万博建築と、残り続けることによって意味を持つ城郭。

その対照的な二つの時間のあいだに立つのが、この美術館なのではないでしょうか。メタボリズムという言葉は、変化のスピードばかりを語るものではなく、異なる時間がどう共生できるかを問う思想として、ここでようやく現実の風景に着地しているように思えます。

画像:《和歌山県立近代美術館・和歌山県立博物館模型 1/200》1994年 和歌山県立近代美術館蔵

5.展示ケースの外へ広がる、黒川紀章の建築体験

黒川紀章《EXPO ’70 東芝IHI館》だからこそ、今回の企画展で黒川紀章の資料を見る体験は、展示室の中で完結しません。

EXPO ’70の図面や模型に刻まれた未来への熱を見たあと、館内の庇の重なりや外光の入り方、城へ向かって開いていく視線に気づくと、思想がそのまま空間へ移し替えられていることに気づきます。

EXPO ’70 東芝 IHI 館》のような完成イメージには、万博という祝祭のなかで未来を一気に可視化しようとした勢いがあります。

黒川紀章《EXPO ’70 タカラ・ビューティリオン[模型]》一方、《EXPO ’70 タカラ・ビューティリオン[模型]》を見ると、その構想はより立体的に迫ってきます。未来の建築がどのように立ち上がろうとしていたのか、その熱が手の届くかたちで伝わってくるのです。

万博では、一時の祝祭のなかで大胆な未来像を示した建築家が、和歌山では歴史の隣に立ち、環境に応答する文化施設を残した。その振れ幅の大きさもまた、黒川紀章という建築家の魅力です。

画像:黒川紀章《EXPO ’70 東芝IHI館》1970年(撮影:大橋富夫) 黒川紀章建築都市設計事務所蔵
画像:黒川紀章《EXPO ’70 タカラ・ビューティリオン[模型]》1968年頃 タカラベルモント蔵

6.庇の影から、ロスコの赤へ

そして、この美術館を訪れたなら、同時開催中のコレクション展にもぜひ足を延ばしてみてください。

現在の「MOMAWコレクション 現代の美術」第6期では、マーク・ロスコ《赤の上の黄褐色と黒》(1957年)が展示されています。企画展のチケットで観覧できるのも嬉しいところです。

黒川の建築と和歌山城の関係を意識したあとでロスコの展示室に入ると、体験の質がふっと変わります。

建築がつくる深い影の余韻をまとったまま、あの赤の前に立つ。そこには、万博や建築の議論とはまた違う、濃密な沈黙が待っています。

万博の熱や建築の議論を通ってきたあとだからこそ、ロスコの色は、声高ではないのに深く沁みてきます。

7.万博の熱と、ロスコの静けさ

ロスコの赤は、万博の色彩のそれとは、流れている時間がまるで違います。

万博の色彩が未来への期待や高揚を外へ向かって放つものだとすれば、ロスコの赤は、見る人の内側へゆっくり沈んでいく色です。何かを説明するわけでも、物語を語るわけでもない。ただ、画面の前に立つ時間そのものを、少しずつ変えてしまう。そんな静かな力があります。

建築がつくる影と、絵画がたたえる色。

そのあいだに流れる温度差を身体で受け取れることが、この美術館でロスコを見る必然なのだと思います。にぎやかな展示を見たあとに訪れる余白です。都市や歴史を考えたあとに戻ってくる、一人の鑑賞者の時間でもあります。

8.和歌山で、美術館の時間を味わう贅沢

「万博のレガシー」は、万博を礼賛するための展覧会ではありません。未来を夢見た時代の構想力を認めながら、その理想が何を残し、いま何を問いとして差し出しているのかを見つめる展覧会です。そして和歌山県立近代美術館では、その問いが展示の中だけに留まりません。

黒川紀章の思想を感じ、建築を歩き、和歌山城の時間に触れ、最後にロスコの色の前で立ち止まる。その一連の体験を通して、この展覧会は、黒川紀章という建築家の天才にあらためて触れさせてくれました。

──未来を夢見た建築家は、城の隣に何を残したのか。

ぜひこの美術館で見つけていただければと思います。

皆さんも知識を得るだけでなく、自分の見ている風景の見え方が少し変わる。そんな美術館の贅沢な時間を味わいに、ぜひ和歌山を訪れてみてください。

9.展覧会情報

展覧会名:万博のレガシー ― 解体と再生、未完の営為を考える ―

会場:和歌山県立近代美術館 1階展示室
会期:2026年2月14日(土)〜5月6日(水)
開館時間:9:30〜17:00(入場は16:30まで)
休館日:月曜日(祝休日の2月23日、5月4日は開館)、2月24日(火)、4月1日(水)〜4月5日(日)は空調改修工事のため休館予定
観覧料:一般600円、大学生330円
備考:同時期開催の「MOMAWコレクション 関西の戦後美術」「MOMAWコレクション 現代の美術」も観覧可能。高校生以下、65歳以上、障害者手帳をお持ちの方は無料。毎月第4土曜日(2月28日、3月28日、4月25日)は大学生無料、毎月第1日曜日(3月1日、5月3日)は無料観覧日です。