全国各地で受け継がれてきた手仕事の技と心。それぞれの土地ならではの素材や風土、職人たちの知恵と工夫が、素朴で力強い民藝品を生み出してきました。
今回は、日本の伝統工芸の中から、陶器と和紙の代表的な民芸品と、そのふるさとである産地一覧・特徴を分かりやすく紹介します。
○陶器
会津本郷焼(福島県)
「厳しい北国の風土が育んだ、飾らない素朴さと温かみ」
会津本郷焼の器は、赤味を帯びた素地をしています。
なかでも代表的な器が画像の「ニシン鉢」。かつて北前船で運ばれた身欠きニシンを甘露煮や昆布巻きにし、保存と盛り付けの両方に使われてきました。雪国で培われた飾らぬ器と北国の食文化が溶け合ったニシン鉢は、柳が賞賛した「健やかな仕事」の象徴ともいえる存在です。
(現地施設)会津本郷陶磁器会館
(参考ぺージ)遊水堂 工藝的なモノ語り 「不屈の福島県の伝統工芸品、会津本郷焼の歴史をざっくりと紹介してみました」 ページリンク、茶の湯こぼれ噺 会津本郷焼 ページリンク 、宗像窯(ニシン鉢販売) ページリンク
(画像)著者撮影
益子焼(栃木県)
「土の力強さと釉薬の流れが生み出す、素朴な美しさ」
益子焼の歴史は幕末にさかのぼります。珪砂を多く含む荒土で成形し、柿釉・飴釉・糠白釉を大胆に流しかけることで、土味と釉の動きが素朴な景色をつくります。窯変を受け止める肉厚さが保温性にもつながり、普段使いの鉢や壺が長く愛用されます。1924 年に濱田がこの地に移住し登窯を構えて以降、柳と河井がたびたびこの地に滞在して創作と研究を行ったことで、益子は民藝運動を象徴する「用の美」の拠点となりました。
(現地施設)益子陶芸美術館、濱田庄司記念益子参考館
(参考ぺージ)ひいな うつわのおはなし ~ 益子焼・濱田庄司の世界に魅せられて(前編)~ ページリンク、ましこの暮らし 益子町とは ページリンク
(画像)著者撮影
瀬戸焼(愛知県)
「多彩な釉薬と分業の技が支える、日本の“暮らしの器”の代表」
中世から現在まで生産が続く六古窯の一つで、灰釉雑器から織部・黄瀬戸・黒瀬戸まで、多彩な釉薬を使用するのが特徴の焼き物です。特に「本業焼」と呼ばれる日用雑器は、ろくろ・型打ち・絵付けを分業でこなし、町ぐるみで暮らしの器を中世以来供給してきました。柳、リーチ、濱田が本業窯の職人と出会い、その技量と共同体的生産体制を「民藝の理想形」と絶賛し、瀬戸を民藝の聖地と紹介しました。画像は黄瀬戸の茶碗です。
(現地施設)瀬戸民藝館、瀬戸蔵ミュージアム
(参考ぺージ)黒田直美 未来へ受け継ぎたい「用の美」。柳宗悦らも愛した瀬戸本業窯の新しい取り組みとは? ぺージリンク
(画像)著者撮影
信楽焼(滋賀県)
「炎と土が描く、自然そのままの野趣とあたたかさ」
六古窯の一つで、長石粒が残る白い胎土に薪灰が降り掛かり、ビードロ釉と火色(緋色)が偶然の風景を陶器の肌に描き出します。山の斜面に築かれた登り窯で焼かれ、同一窯内でも高温部と低温部とで異なり、さまざまな表情の焼き上がりを生みます。柳は著書『手仕事の日本』で信楽を紹介、絶賛しており、狸置物だけでない本来の野趣を広めました。
(現地施設)滋賀県立陶芸の森、信楽伝統産業会館
(参考ぺージ)【4K動画】信楽焼の魅力を伝える滋賀県立陶芸の森:滋賀県甲賀市信楽町 ぺージリンク
(画像)著者撮影
丹波焼(兵庫県)
「たっぷりとした丸みと自然釉が生み出す、素朴で温かい風格」
六古窯の一つ。叩き成形による肉厚の丸みと自然灰釉の流れが調和し、徳利・壺・擂鉢に素朴な風格が宿ります。江戸初期に完成した登窯を今も守り、松灰が溶けて生まれる緑灰色は「丹波青」とも呼ばれます。柳は古作を蒐集し、日本民藝館で1956年に「丹波古陶展」を開催、再評価の契機となりました。
(現地施設)丹波伝統工芸公園 陶の郷、丹波古陶館、
(参考ぺージ)KAMADO 柳宗悦と古丹波 日本民藝館 ぺージリンク、大阪日本民芸館 丹波の民藝 ―陶磁と染織― ページリンク
(画像)The Cleveland Museum of Art / Wikimedia Commons, パブリックドメイン
備前焼(岡山県)
「釉薬を使わず炎で仕上げる、土と火の力が際立つ焼締めの美」
六古窯の一つ。釉薬を一切使わず、松割木を燃料にした登り窯で十日以上も焼締めるため、炎と灰が作り出す胡麻(灰降り)、緋襷(藁紐の鉄分が残す朱線)、牡丹餅(器に置いた丸土の影)が自然の文様として現れます。備前の土は鉄分が多く可塑性に富む一方で、焼成後はほとんど水を通さず、酒器にすれば温度が長く保たれ、花器にすれば水が腐りにくいという実用性を備えています。
(現地施設)備前市美術館、備前市立伝統産業会館
(参考ぺージ)栄匠堂 中世以来の窯・備前と丹波の比較と鑑定 ぺージリンク
(画像)著者撮影
唐津焼(佐賀県)
「多彩な技法と土味がつくる、飽きのこないやさしい器」
鉄釉・藁灰釉・長石釉などを掛け分け、三島手の象嵌や刷毛目、そして釉の縮れが生む斑唐津など、多彩な技法を用いて生まれる表情豊かな器が特徴です。粘土は砂気を含むため土味が荒々しく、掛けた釉薬が流れて景色をつくり、井戸系の茶碗では口縁に玉縁と呼ばれる膨らみが出やすいのが持ち味です。日常食器としては軽さと薄さが特徴的で扱いやすく、飯碗・鉢・向付・カップまで幅広く制作され、使い込むほど釉面に貫入が入り茶渋が染みて味わいを増します。
(現地施設)中里太郎右衛門陶房・御茶盌窯記念館
(参考ぺージ)旅Karatsu 唐津観光協会 唐津焼 ぺージリンク、歩いてたずねる唐津焼 ぺージリンク
(画像)Rijksmuseum / Wikimedia Commons, パブリックドメイン
小石原焼(福岡県)
「伝統技法に彩りと新しさを重ねた、多彩でモダンな里山の器」
飛鉋・刷毛目に加え、流しかけや打ち掛け釉など多彩な装飾が持ち味です。高取焼の技術を受け継ぎ17世紀末(元禄年間)に開窯し、現在、50軒超の窯元が点在。1929年に柳・濱田・リーチが訪れて「用の美の極致」と評価し、戦後の民陶祭創設と1975年の伝統的工芸品指定へと繋がりました。現代はデザイナー協働で鮮やかな色釉や新形状の器も増えてきています。
(現地施設)小石原焼伝統産業会館
(参考ページ)中川政七商店の読み物 小石原焼とは。特徴と歴史に見る、「用の美の極地」 ページリンク、天空の窯郷(東峰村観光サイト) 小石原焼発祥の地「皿山」、歴史を辿る窯元巡り ぺージリンク
(画像)著者撮影
小鹿田焼(大分県)
「伝統の村が守り続ける、リズムある模様と素朴な暮らしの器」
先に紹介した福岡県の小石原焼とは山一つ隔てた兄弟窯で、蹴ろくろの遠心力を活かし、小鹿田焼の代名詞である飛鉋や刷毛目の技法で一気に刻み込むことでリズミカルな文様を表現し、小石原焼と比べて器の色が濃く、飛鉋の目も縦に長いのが特徴です。皿山集落では現在でも10戸ほどの窯元が一子相伝で土採りから販売までを自給自足で営み、水車を使用して粘土を砕く唐臼の音が今も谷に響きます。柳は1931年の紀行文「日田の皿山」で「世界一流の民窯」と称賛し、景観ごと守るべき民藝の理想郷として紹介しました。
(現地施設)小鹿田焼民陶館
(参考ページ)中川政七商店の読み物 小鹿田焼とは。一子相伝で継承される技術と多彩な技法 ぺージリンク、器のやまざき 小鹿田焼 ページリンク
(画像)Naokijp / Wikimedia Commons, パブリックドメイン
壺屋焼(沖縄県)
「南国の明るさと自由な造形、琉球らしい色彩と大らかさ」
琉球王府直轄の上焼と、農民向けの南蛮荒焼という二系統が共存し、龍、魚、唐草を伸びやかに描く線描が南国らしい躍動を見ることのできる焼き物です。登窯跡が残る壺屋やちむん通りは今も窯元が軒を連ね、窯場街を形成しています。柳は論考「現在の日本民窯」で詳細に紹介し、戦後の保存運動と文化財指定につながりました。画像は金城次郎作、魚紋大皿です。
(現地施設)那覇市立壺屋焼物博物館
(参考ぺージ)現在の日本民窯 柳宗悦 青空文庫 ぺージリンク
(画像)あじさい / Wikimedia Commons, パブリックドメイン
○紙(和紙)
美濃和紙(岐阜県)
「清流が磨いた、透けるほど薄い白の美」
楮だけでも極薄に漉ける高度な打解技術があり、紙の繊維が絡み合うため破れにくいのが特徴です。障子紙は柔らかな光を通し、版画紙はインク乗りが良いと評価されます。柳宗悦は『和紙の美』で「白き美」と表し、産地保存に尽力しました。
(現地施設)美濃和紙の里会館
(参考ぺージ)和紙十年 柳宗悦 青空文庫 ページリンク
因州和紙(鳥取県)
「山陰の楮が生む、しなやかな強さと温もり」
長繊維の楮と澄んだ河水を使い、薄くても強靭な紙質を誇ります。版画家の棟方志功が愛用し、その評判が世界に広がりました。鳥取の民藝運動を率いた吉田璋也が柳の理念を継ぎ、漉き手とともに産地を守りました。
(現地施設)山根和紙資料館
(参考ぺージ)Webマガジン「コロカル」〈鳥取の工芸文化〉展 ページリンク
(関連ページ)
民藝でつながる暮らしと美 — 日本の手仕事と工芸をめぐる入門ガイド①
民藝運動を支えた人々とその足跡 — 日本の手仕事と工芸をめぐる入門ガイド②
「用の美」の伝統が息づく町をめぐる(染色織物)— 日本の手仕事と工芸をめぐる入門ガイド④
民藝館・工芸美術館巡礼(東日本)— 日本の手仕事と工芸をめぐる入門ガイド⑤
民藝館・工芸美術館巡礼(西日本)— 日本の手仕事と工芸をめぐる入門ガイド⑥
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