民藝運動を支えた人々とその足跡 — 日本の手仕事と工芸をめぐる入門ガイド②

民藝。その魅力が日本全国に広がったのは、名もなき職人の手仕事とともに、それに心を打たれ、支えた多くの思想家・作家・支援者たちの存在があったからです。柳宗悦の「用の美」へのまなざしを起点に、陶芸、染織、版画、木工など多様なジャンルで、彼らは新たな美の価値を見出し、繋いでいきました。

本記事では、民藝運動を支えた主要な作家や支援者たちの人物像や、彼らが生み出した代表作、知られざるエピソードをご紹介します。手仕事のぬくもりとともに歩んだ、その多彩な足跡をたどることで、民藝の世界がより身近に、より深く感じていただけると幸いです。

※上記掲載写真:Wikimedia Commonsより(パブリックドメイン)https://commons.wikimedia.org/wiki/File:In_Tokyo_(1934).jpg
 東京にて。前列左から河井やす子(つね、河井寛次郎の妻)、バーナード・リーチ、柳兼子(柳宗悦の妻)、後列左から柳宗悦、一人おいて、富本憲吉、河井寛次郎。

○民藝運動の主唱者

柳 宗悦(Muneyoshi Yanagi 1889年 ~ 1961年)
東京生まれ。民藝運動の創始者であり、美術評論家・思想家。イギリスのアーツ・アンド・クラフツ運動や仏教哲学に影響を受け「無名の職人による日常の器こそ真の美が宿る」と説きました。大正末期、無名陶工の茶碗に心を動かされ「用の美」という概念を提唱。「民衆的工藝」の保存と振興を唱え、1936年に日本民藝館を設立しました。その活動は日本全国、朝鮮半島、沖縄、台湾にも及びます。彼の理想は、今日のクラフト文化やサステナブルな価値観にも影響を与え続けています。  (画像)  Shigeru Tamura / Wikimedia Commons, パブリックドメイン

○民藝運動の作家

濱田 庄司(Shoji Hamada 1894年 ~ 1978年)(陶芸)
神奈川県生まれ。栃木県益子町を拠点に活動し、益子焼を世界に知らしめ、地域の窯元とともに「現代の職人文化」を築いた立役者です。イギリスでリーチと共に作陶した後、益子の土と向き合い「民藝陶芸」の新境地を切り拓きました。力強く素朴な土の味わい、飾らない造形、そして大胆な釉薬の流れ。それらの作品に彼の精神が宿っています。1961年には人間国宝に認定。
(参考:日本民藝館所蔵の濱田 庄司作品)(画像) Unknown / Wikimedia Commons, パブリックドメイン

河井 寛次郎(Kanjiro Kawai 1890年 ~ 1966年)(陶芸)
島根県生まれ。古今東西の陶磁を学びつつ、独自の詩的な造形と釉薬で「生きた器」を生み出しました。柳や濱田らとも親交を持ち、民藝運動の理念を美と詩、暮らしの哲学として体現する作品を生み出しています。京都・五条坂の自邸・工房は現在「河井寛次郎記念館」として公開されています。
(参考:日本民藝館所蔵の河井 寛次郎作品、豊田市美術館所蔵の河井 寛次郎作品
(画像) Shigeru Tamura / Wikimedia Commons, パブリックドメイン

バーナード・リーチ(Bernard Howell Leach 1887年 ~ 1979年)(陶芸)
イギリス生まれの陶芸家。東洋と西洋の美意識を架橋した存在です。柳や濱田らと交流し、英国セント・アイヴスにリーチ・ポタリーを創設。日本各地を訪ねて職人たちの技や心にふれ、自身のスリップウェアや塩釉作品に結実させました。著書の「陶工の書」は民藝精神の国際的伝播に寄与しています。
(参考:日本民藝館所蔵のバーナード・リーチ作品)(画像) Unknown / Wikimedia Commons, パブリックドメイン

富本 憲吉(Kenkichi Tomimoto 1886年 ~ 1963年)(陶芸)
「色絵磁器の父」と呼ばれる近代陶芸の巨人。奈良県に生まれ、伝統のやきものと西洋の造形美を融合。柳らと「日本民藝協会」設立に参加し、民藝運動を芸術・産業両面からリードしました。繊細な文様と現代性を兼ね備えた作品は、工芸の未来を切り拓きました。
(参考:京都国立近代美術館所蔵の富本 憲吉作品)(画像) Unknown / Wikimedia Commons, パブリックドメイン

芹沢 銈介(Keisuke Serizawa 1895年 ~ 1984年)(染色)
静岡県出まれの型染作家。柳 宗悦との出会いから民藝運動に参加。沖縄の紅型や東北のこぎん刺しなど、日本各地の手仕事に学び、カレンダー、のれん、屏風、装丁など幅広い分野で独自の色彩とリズム感を追求しました。人間国宝。彼のデザインは今も日々の暮らしに息づいています。
(参考:日本民藝館所蔵の芹沢 銈介作品 、国立工芸館所蔵の芹沢 銈介作品
(画像) Shigeru Tamura / Wikimedia Commons, パブリックドメイン

棟方 志功(Shikou Munakata 1903年 ~ 1975年)(版画)
青森県生まれ。「板画」を標榜し、仏教や神話、生命力溢れる女性像など多様な主題で世界的に評価を得ました。柳宗悦との出会いで民藝の精神に開眼。「大和し美し」や「釈迦十大弟子」など代表作多数。1956年ヴェネツィア・ビエンナーレ国際版画大賞受賞。
(参考:日本民藝館所蔵の棟方 志功作品
(画像) Unknown / Wikimedia Commons, パブリックドメイン

黒田 辰秋(Tatsuaki Kuroda 1904年 ~ 1982年)(工芸)
京都市生まれの木工・漆芸家。伝統的な茶道具からモダン家具まで幅広く手がけました。素材の美しさを引き出す技と、時代感覚のあるデザインを融合。人間国宝。漆と木地を巧みに活かした家具は、今なお現役の道具として愛されています。
(参考:豊田市美術館所蔵の黒田 辰秋作品

青田 五良(Goro Aota 1894年 ~ 1966年)(染色)
山形県生まれ。藍染や草木染といった自然の素材にこだわり、農村の日常生活に根差した美しさを染めの中に見出しました。素朴な日用品に「生きた色」を与え、民藝運動の染色分野を支えました。
(参考:アサヒビール大山崎山荘美術館所蔵の青田 五良作品

○民藝運動の支援者

山本 為三郎(Tamesaburo Yamamoto 1878年 ~ 1963年)
朝日麦酒初代社長。実業家としての手腕を活かし、自邸「三国荘」を民藝作家たちのサロンに開放、コレクションも充実させて支援の場を広げました。民藝運動の資金面・人的ネットワークの両方で欠かせない存在で、現在もかれが集めたコレクションはアサヒビール大山崎山荘美術館に残されています。

大原 孫三郎(Magozaburo Ohara 1880年 ~ 1943年)
大原 總一郎(Souichiro Ohara1909年 ~ 1968年)
岡山・倉敷の実業家親子。民藝運動最大のパトロンであり、倉敷民藝館大原美術館の設立者。町の景観保存や美術館運営など、多面的な支援で、地域の文化振興にも大きな影響を与えました。總一郎は父の意志を継ぎ、美術・工芸の国際的な発信基地とした功労者です。

浅川 伯教(Noritaka Asagawa 1884年 ~ 1964年)
浅川 巧(Takumi Asagawa 1891年 ~ 1931年)
山梨県出身の兄弟。朝鮮半島に渡り、現地の陶磁器・工芸・民具の調査と民藝思想の普及に生涯を捧げました。伯教は教育者・美術研究者として朝鮮の伝統文化保存に尽力し、巧は林業技師の傍ら、民窯の現場で人々と交流しながら、工芸の価値を日本に紹介。彼らの活動は日韓交流と東アジア民藝史研究の礎となりました。

外村 吉之介(Kichinosuke Tonomura 1898年 ~ 1993年)
滋賀県生まれの染織家・民藝運動家。手織物の創作を続けるとともに、1948年から倉敷民藝館初代館長を務め、地域の民藝振興に奔走。1953年倉敷本染手織研究所設立、1965年には熊本国際民藝館を創設し全国のネットワークづくりと後進育成に努めました。染織・啓蒙・教育・組織運営まで手がけた「現場の要」とも呼べる存在です。

池田 三四郎(Sanshiro Ikeda 1899年 ~ 1980年)
長野県松本市にて「松本民芸家具」を創始し、地元の伝統産業を復興させました。戦後の職人離れが進む中、柳の助言を受けて地域の木工職人をまとめ、和と洋の融合による家具デザインを確立しました。松本の家具が民藝の理念を体現し、今も多くの人に愛されています。

安川 慶一(Keiichi Yasukawa 1902年 ~ 1979年)
富山県を拠点とした木工家・建築家。1927年に柳宗悦と出会い、濱田ら民藝作家と交流。1945年富山民藝協会を設立し、富山市民芸館初代館長を務めました。松本民芸家具の製作指導や地域の工芸普及、古民藝蒐集、施設設計など幅広い活動で北陸民藝の礎を築きました。

民藝運動は「用の美」「日常の美しさ」を追求するだけでなく、全国の作り手や支援者のネットワーク、地域文化の発掘・保存、時代を超える美意識の発信という多層的な物語によって、今も私たちの生活に新しい光を投げかけています。


(関連ページ)
民藝でつながる暮らしと美 — 日本の手仕事と工芸をめぐる入門ガイド①
「用の美」の伝統が息づく町をめぐる(陶器・紙)— 日本の手仕事と工芸をめぐる入門ガイド③
「用の美」の伝統が息づく町をめぐる(染色・工芸)— 日本の手仕事と工芸をめぐる入門ガイド④
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