18世紀、市民は何を見ていたのか
前回は、17世紀オランダを中心に、静物画、風景画、海景画、都市景観を通して、市民のまなざしが身の回りの物から土地、海、都市へと広がっていく様子を見ました。
テーブルの上に置かれた果物や銀器の向こうには、世界を結ぶ交易がありました。ロイスダールは人々が暮らし働く土地を描き、ファン・デ・フェルデは船の行き交う海を描きました。そして18世紀のカナレットになると、旅先の都市そのものまで、一枚の絵として持ち帰ることができるようになります。
では、その18世紀に、市民のまなざしはどこへ向かったのでしょうか。
17世紀オランダで大きく広がった市民と絵画の関係は、18世紀になるとヨーロッパ各地でそれぞれ異なる姿を見せるようになります。今回はイギリス、フランス、そしてヴェネツィアへ舞台を広げてみましょう。
都市では金と身分が交差し、家庭では子どもが育てられ、人々は結婚や家族について考えました。街へ出れば見世物や娯楽があり、科学実験さえ人々が集まって見るものになります。
王や聖人だけではなく、自分たちが暮らす社会そのものが、見るに値するものになっていったのです。
今回は、ホガース、シャルダン、グルーズ、ピエトロ・ロンギ、ジョセフ・ライト・オブ・ダービーを通して、18世紀の市民たちがどのような世界を見ていたのかをたどります。
結婚も、お金も、絵の中で笑われる
まずは18世紀のイギリス、ロンドンへ向かいます。
急速に発展する都市には、商人や専門職、富を持つ人々が集まっていました。けれど、お金を持つことと、立派に生きることは同じではありません。
その矛盾を容赦なく描いたのが、ウィリアム・ホガースです。
ウィリアム・ホガース《当世風結婚》
《当世風結婚》は、結婚をめぐる物語を描いた六枚の連作です。
物語の始まりにあるのは、恋愛ではありません。
財産を必要とする貴族の家と、社会的な地位を求める裕福なロンドンの商人一家が、子ども同士を結婚させようとしています。
貴族の側は金を求め、商人の側は身分を求めます。その間にいる若い男女の気持ちは、ほとんど置き去りにされています。
ホガースは、そうして始まった結婚が次第に崩れていく様子を、まるで舞台劇のように描いていきます。豪華な部屋には高価な衣服や家具、絵画が並び、豊かな生活を示しています。けれど、その豊かさの中で人間関係は少しずつ壊れていきます。
ここで描かれているのは、王家の婚姻ではありません。
都市の富と、古くからの身分秩序が結びつく18世紀の社会です。
しかもホガースの作品は、油彩画だけで終わりませんでした。版画として複製され、多くの人々がこの物語を見ることができました。
第1回で見たデューラーの版画は、宗教や物語のイメージを紙にのせて広げました。しかし18世紀のホガースは、その印刷の力を使って、自分たちが暮らす社会そのものを笑いの対象にします。
美術は、都市社会を映す鏡であると同時に、その社会を批評するものにもなっていったのです。
静かな家庭も、見るに値する
同じ18世紀でも、フランスへ向かうと空気が大きく変わります。
ホガースが社会の滑稽さを見せたのに対して、ジャン=バティスト・シメオン・シャルダンが描いたのは、もっと静かな市民の暮らしでした。
ジャン=バティスト・シメオン・シャルダン《食前の祈り》
室内に、母親と子どもたちがいます。
豪華な宴会ではありませんし、歴史を動かす大事件でもありません。
食事を前にした、家庭の小さな時間であり、母親は子どもに向き合い、子どもたちは食卓を囲んでいます。
シャルダンは、こうした何でもない日常を繰り返し描きました。
第4回で見たフェルメールやデ・ホーホの室内を思い出すかもしれません。そこにも働く女性や母子、静かな部屋がありました。
17世紀オランダで絵画の主題になった家庭生活は、18世紀フランスでも別の形で描かれていきます。ここで重要なのは、家庭が単なる背景ではないことです。
――子どもを育て、食事をし、家族が同じ場所で時間を過ごす。
そうした生活そのものに、人々が見る価値を見いだすようになります。
王侯の豪華な生活だけが、人間の暮らしを代表するわけではありません。
小さな部屋の中で繰り返される日常もまた、一枚の絵画として人々の前に置かれるようになったのです。
家族の感情まで、見るものになる
シャルダンの家庭には静かな時間がありました。
ジャン=バティスト・グルーズの作品になると、そこへさらに強い感情が入ってきます。
ジャン=バティスト・グルーズ《村の花嫁》
描かれているのは、結婚を迎える家族です。
若い男女を囲んで、父親や母親、兄弟たちが集まっています。ここでも王家の婚姻ではありません。地方に暮らす家族の結婚です。
けれど、画面に描かれているのは結婚という制度だけではありません。
娘を送り出す父親や、家族から離れていく娘、その周囲で二人を見守る人々。それぞれの表情や身振りから、家族の感情が伝わってきます。
ホガースの《当世風結婚》では、結婚は金や身分と結びつき、社会の滑稽さを暴き出すものでした。
グルーズでは、同じ結婚という主題が、家族の絆や感情を確かめる場面として描かれています。
二人の画家が見ているものは大きく違います。けれど、共通することがあります。
結婚や家庭という私的な出来事が、美術の中で多くの人に見られるものになったことです。
家の中で起きる出来事までもが、絵画を通して公の鑑賞対象になります。人々は他人の家庭を見つめ、その振る舞いや感情について考えるようになりました。
そして、こうした作品はサロンという公開の場にも置かれていきます。
家庭の感情までが、大勢の観客のまなざしにさらされるようになるのです。
都市では、見ることそのものが娯楽になる
ここでフランスを離れ、第5回でカナレットが描いた都市、ヴェネツィアへ向かいます。
今度は、その都市で人々が何を見ていたのかに近づいてみましょう。
ピエトロ・ロンギ《サイ》
画面の中央にいるのは、人間ではありません。
――一頭のサイです。
その周囲には、その珍しい動物を眺める人々がいます。
18世紀のヴェネツィアでは、遠い土地からやってきた動物も、人々が料金を払って見る見世物になりました。
第5回では、交易によって世界各地の品物がヨーロッパの家の中へ入ってくる様子を見ました。ここでは、遠い世界からやってきたものを、人々自身が集まって眺めています。
市民社会が豊かになるということは、物を買えるようになるだけではありません。
街へ出かけ、劇場やカフェを楽しみ、祭りや見世物に集まり、それまで見たことのないものを見る。そうした余暇の過ごし方も都市の生活に広がっていきました。
ロンギは、そのような18世紀ヴェネツィアの人々を繰り返し描いています。
面白いのは、この絵ではサイだけでなく、それを見る人々までが鑑賞の対象になっていることです。
私たちはサイを見ます。しかし同時に、サイを見る18世紀の人々も見ています。
絵画の中に、「見る人」が現れ始めているのです。
科学実験まで、絵画の劇場になる
18世紀の人々が集まって見たものは、珍しい動物だけではありませんでした。
世界そのものを理解しようとする科学もまた、人々の関心を集めていきます。
その姿を劇的に描いたのが、イギリスのジョセフ・ライト・オブ・ダービーです。
ジョセフ・ライト・オブ・ダービー《空気ポンプの実験》
暗い部屋の中で、人々が一つの実験装置を囲んでいます。
中央にあるのは、容器の内部から空気を抜くための装置です。その中には鳥が入れられ、人々は空気がなくなることで生き物に何が起こるのかを見つめています。
同じ実験を見ていても、それぞれの反応は同じではありません。
装置の仕組みに興味を向ける人がいれば、不安そうに鳥を見つめる子どももいます。実験を説明する人物もいて、一つの出来事の中に知識への好奇心と、生き物への感情が同時に描かれています。
ここで第2回を思い出してみると、少し面白いことに気づきます。
カラヴァッジョやエル・グレコの宗教画では、強い光や劇的な空間が、人々に信仰を身体で感じさせるために使われました。
ライトの画面にも、暗闇の中に強い光があります。
けれど、その光の中心にあるのは聖人でも奇跡でもありません。科学実験です。
宗教的な世界を見つめてきた人間の視線に、自然の仕組みを観察し、実験によって確かめようとする視線も加わっていきます。
もちろん、18世紀のヨーロッパから信仰がなくなったわけではありません。
それでも、世界について知る方法は確実に増えていました。人々は自然を観察し、実験によって確かめ、その結果について議論するようになります。
そして、その過程そのものを、人々が集まって見ることもありました。
科学もまた、市民社会の中で共有される経験になっていったのです。
市民の生活そのものが、美術の主題になる
第6回では、18世紀のイギリス、フランス、ヴェネツィアをめぐってきました。
ホガースは、結婚と金と身分が入り混じる都市社会を笑い、シャルダンは家庭の中で繰り返される静かな日常を描きました。グルーズは家族の感情を多くの人が見るものへ変え、ロンギは珍しいものを見物する都市の人々を描きます。そしてジョセフ・ライトは、科学実験を囲み、世界の仕組みを知ろうとする人々を画面に置きました。
ここまで来ると、「市民の美術」というものが、単に市民の肖像画を意味するのではないことが見えてきます。
結婚について考え、家庭で子どもを育て、他人の喜びや悲しみに感情を動かし、街へ出て珍しいものを眺め、さらに世界がどのようにできているのかを知ろうとする。
18世紀になると、美術は市民の顔を描くだけではなく、市民がどのように暮らし、何を楽しみ、何を学び、何に感情を動かされるのかまで見つめるようになっていきました。
けれど、ここで一つ新しい問題が生まれます。
これらの絵を、誰が見るのでしょうか。どこで見るのでしょうか。そして、誰が「この絵はよい」「この画家は重要だ」と決めるのでしょうか。
18世紀には、サロンや公開展覧会が多くの観客を集め、作品について文章を書く批評家も現れます。イギリスではロイヤル・アカデミーが成立し、画家と観客を結ぶ新しい場所が作られていきました。
そして世紀の終わりには、王家や宮廷が集めてきた美術を、市民が見るための空間も生まれてきます。
最終回は、作品そのものから少し離れて、それを見る人々へ視線を移します。
展覧会や批評、アカデミー、美術館が生まれていく中で、市民は美術を見るだけではなく、美術について語り、評価する側にもなっていきます。
市民が美術を見る社会は、どのように生まれたか。その過程をたどります。
図版情報
ウィリアム・ホガース《当世風結婚》第1場《結婚契約》ナショナル・ギャラリー蔵、ロンドン/Public domain
ジャン=バティスト・シメオン・シャルダン《食前の祈り》ルーヴル美術館蔵、パリ/Public domain
ジャン=バティスト・グルーズ《村の花嫁》ルーヴル美術館蔵、パリ/Public domain
ピエトロ・ロンギ《サイ》カ・レッツォーニコ蔵、ヴェネツィア/Public domain
ジョセフ・ライト・オブ・ダービー《空気ポンプの実験》ナショナル・ギャラリー蔵、ロンドン/Public domain


