市民が絵を買い、家に飾った時代
前回は、フランドル美術を通して、絵画が教会、工房、都市、市場のあいだを動いていく様子を見ました。
ルーベンスの巨大な祭壇画の背後には、多くの助手が働く工房がありました。ヨルダーンスは人々が食卓を囲む祝祭を描き、ヴァン・ダイクは裕福な商人がどのように見られたいのかを肖像画の中に表しました。
美術を支えていたのは、王や宮廷だけではありませんでした。
そして17世紀、ネーデルラントの北側に成立したオランダ共和国では、この流れがさらに大きく変わっていきます。
ここには、フランスのヴェルサイユのような巨大な宮廷はありません。かわりに力を持ったのは、アムステルダム、ハールレム、ライデン、デルフトといった都市です。
港には船が集まり、商人たちは海外と取引し、医師や法律家などの専門職が都市社会を支えました。家の中には陶器や地図、楽器、絵画が置かれ、市民たちは自分たちの暮らしを形にするものを求めました。
絵画も、そのひとつです。
王の肖像ではなく、自分たちの肖像を描かせる。宮殿ではなく、自分たちの家に絵を飾る。
聖書や神話だけではなく、家族、仕事、室内、手紙、食事といった身近なものを見る。
オランダ黄金時代には、美術が市民の日常へ深く入り込んでいきました。
今回は、レンブラント、フランス・ハルス、ヤン・ステーン、ピーテル・デ・ホーホ、ヘラルト・テル・ボルフ、フェルメールの作品を通して、絵画が都市から家の中へ入っていく様子を見ていきます。
王ではなく、市民が大画面に立つ
まずはアムステルダムへ向かいます。
ここで描かれたのは、王でも聖人でもありません。都市を守る市民たちでした。
レンブラント・ファン・レイン《夜警》
レンブラントの《夜警》には、多くの人物が描かれています。
中央に立つのは、黒い服を着た隊長フランス・バニング・コックと、その隣の副官ウィレム・ファン・ライテンブルフです。その周囲には、銃を持つ者、旗を掲げる者、太鼓を叩く者などが集まり、画面全体に大きな動きが生まれています。
この人々は、王侯に仕える宮廷人ではありません。アムステルダムの市民自警団です。
近世ヨーロッパの巨大な集団肖像を考えるとき、私たちは王家や宮廷を思い浮かべがちです。しかし《夜警》で大きな画面を占めているのは、都市社会を構成する市民たちでした。
しかもレンブラントは、彼らを一列に並べませんでした。
誰かが歩き出し、誰かが銃を構え、誰かが振り返る。光の中に現れる人物もいれば、暗がりへ沈む人物もいます。
ひとつの記念写真ではなく、何かが始まろうとしている瞬間のように描かれています。
王家編では、王の身体が国家の中心として描かれました。ここでは、その中心に王はいません。
都市の共同体そのものが、絵画の主役になっています。
知識を持つ人々も、絵画の主役になる
市民社会を支えていたのは、商人や自警団だけではありません。
医師、法律家、学者など、専門的な知識を持つ人々も都市の中で存在感を持つようになります。
レンブラントは、そうした人々も描いています。
レンブラント・ファン・レイン《テュルプ博士の解剖学講義》
画面の中央には、解剖台に横たわる遺体があり、その周囲を医師たちが囲み、テュルプ博士が腕の筋肉について説明しています。
《テュルプ博士の解剖学講義》に描かれているのは、王の権威ではありません。
――知識の権威です。
人間の身体を観察し、その構造を理解する。第1回で見たデューラーやホルバインの作品にも、世界を測り、観察しようとする人間の視線がありました。
それが17世紀のオランダでは、都市の専門職という具体的な姿を持って現れます。
医師たちはただ働いているのではありません。自分たちが知識を持つ共同体であることを、肖像画として残しているのです。
ただし、この絵には少し不穏なところもあります。彼らが見つめている身体も、かつてはひとりの人間でした。
見ることは、知ることです。けれど同時に、誰かを「見る対象」にすることでもあります。
市民社会が育てた知識の光と、その視線の冷たさ。
レンブラントは、その両方をひとつの画面に置いています。
ひとりの人間の顔が近づいてくる
大きな市民集団から、もう少しひとりの人物へ近づいてみます。
ハールレムで活躍したフランス・ハルスです。
フランス・ハルス《笑う騎士》
《笑う騎士》と呼ばれる男性は、こちらを見ながら口元に笑みを浮かべています。
豪華な衣装を身につけていますが、王侯の肖像のような硬さはありません。身体を少しひねり、こちらへ振り返ったような姿勢をしています。
ハルスの肖像には、人が今そこにいるような近さがあります。
――笑う。振り向く。話しかける。ほんの少し身体が動く。
肖像画は、身分を記録するだけのものではありません。その人がどのように見えるのか、どんな雰囲気を持つのかまで描く対象になっていきます。
王の肖像が見る人との距離を作るものだったとすれば、ハルスの人物はもう少し近いところにいます。それは宮廷肖像よりも、見る人の側へ一歩近づいてきたような人間の顔です。
名前のない顔まで、絵になる
肖像画をさらに一歩進めると、不思議な作品に出会います。
誰なのか分からないのに、世界でもっとも有名な顔のひとつになった作品です。
ヨハネス・フェルメール《真珠の耳飾りの少女》
暗い背景の前で、少女がこちらを振り返っています。
青と黄色の布を頭に巻き、大きな耳飾りが光っており、唇は少し開き、今まさに声をかけられて振り返ったようにも見えます。
けれど、この作品は一般的な意味での肖像画とは少し違います。
この作品は特定の人物の身分や名前を記録するためのものではなく、表情や衣装、人物のタイプを研究する「トローニー」と呼ばれる種類の作品と考えられています。
特定の誰かの肖像として見るとつかみどころがないのに、どこかに実在しそうな顔でもある。現在のAIが作る人物像にも、少し似た不思議さがあります。
この作品を見るうえでは、彼女が誰なのかを特定することが中心ではありません。
――名前がなくても、顔そのものが見る対象になる。
ここでは、肖像画に必要だったはずの社会的な肩書きさえ薄れていきます。
画家が見つめるものは、ひとりの人間の表情そのものへ近づいています。
家の中は、静かな場所とは限らない
ここから、絵画の舞台を家の中へ移します。オランダの室内画というと、静かな部屋に光が差し込むフェルメールを思い浮かべる方が多いのかもしれません。
けれど、家の中はいつも静かだったわけではありません。
ヤン・ステーン《陽気な家族》
ヤン・ステーンの《陽気な家族》では、人々が食卓を囲み、酒を飲み、歌い、楽器を鳴らしています。子どもも大人も入り交じり、誰も静かに座ってはいません。
第3回で見た、フランドルの画家ヨルダーンス《豆の王様》にも、人々が酒を飲み、笑う食卓がありました。
けれど、ここでは舞台がさらに家庭へ近づいています。
家は、整然とした生活の場所であると同時に、人々の欲望や騒がしさがあふれる場所でもあります。ヤン・ステーンの家庭には、少し笑ってしまうような乱れがあります。
そして、その乱れにはしばしば教訓も含まれていました。
――大人が好き勝手に振る舞えば、子どももそれを真似する。
家庭の楽しさを描きながら、見る人に自分たちの暮らしを振り返らせる。
風俗画は、日常を描くだけではなく、日常を見る鏡にもなっていました。
整えられた家も、ひとつの理想になる
同じ家庭でも、ピーテル・デ・ホーホの作品を見ると空気が大きく変わります。
ピーテル・デ・ホーホ《母の務め》
室内で、母親が子どもの世話をしています。
窓や扉から光が入り、床や壁、家具が整然と配置され、ヤン・ステーンの家にあった騒がしさはありません。
この絵画には、静かな秩序があります。
――清潔な室内。母子の姿。きちんと整えられた空間。
17世紀オランダの家庭は、ただ暮らす場所ではありませんでした。
家族やしつけ、生活の安定といった価値観も、家という空間に重ねられました。そうした室内そのものが、絵画の重要な主題になっていきます。
宮廷が王の権力を見せる舞台だったとすれば、市民の家もまた、自分たちがどのように暮らす人間なのかを見せる小さな舞台でした。
家の中に、ひとりの時間が生まれる
さらに視線を近づけます。都市から家へ。家族から、ひとりの人物へ。
ヘラルト・テル・ボルフ《手紙を書く女》
女性が机に向かい、手紙を書いています。
大きな事件が起きているわけでも、誰かと話しているわけでもありません。ただひとりで、言葉を書いています。
けれど、そこにはひとりの人間だけが持つ時間があります。
誰に手紙を書いているのか。何を書いているのか。見る人には分かりません。
だからこそ、この静かな場面には想像する余白があります。
市民の家を描く絵画は、家族全体を描くだけではなく、家の中で過ごす個人の時間へも近づいていきます。
美術がここまで人間の日常へ入り込むと、歴史的な事件は必要なくなります。
――手紙を書く。読む。音楽を奏でる。窓辺に立つ。
そうした小さな時間そのものが、絵画になります。
牛乳を注ぐだけの時間が、名画になる
そして最後に、フェルメールの室内へ入ります。
ヨハネス・フェルメール《牛乳を注ぐ女》
女性が、器へ静かに牛乳を注いでいます。
窓から光が入り、テーブルにはパンや陶器が置かれています。
それだけの場面です。
王はいません。聖人もいません。都市の英雄もいません。何か重大な出来事が起こっているわけでもありません。
けれどフェルメールは、その何でもない時間をじっと見つめています。
――牛乳が落ちる細い流れ、パンの表面、陶器の冷たさ、壁に当たる光、働く女性の手。
人物だけではなく、その周囲にあるすべてが同じように見つめられています。
ここで、第3回のファン・エイク《アルノルフィーニ夫妻像》を思い出してみてください。
衣服、家具、金属、窓、光、鏡。
15世紀のネーデルラントにも、物や空間を細かく見るまなざしがありました。それから200年以上を経て、フェルメールの室内では、さらに何でもない日常の一瞬までが絵画の中心に置かれています。
美術は、大きな出来事だけを描く必要がなくなりました。日々の生活そのものが、見るに値するものになったのです。
市民が、自分たちの暮らしを見る
第4回で見てきた絵画には、王家編とはまったく違う人々が登場しました。
都市を守る市民自警団から、解剖学を学ぶ医師へ。
そこからひとりの男性や名前の分からない少女へ近づき、さらに騒がしい家族、子どもの世話をする母親、手紙を書く女性、牛乳を注ぐ女性へと、画面は少しずつ小さな世界へ移っていきました。
都市から共同体へ、共同体から個人へ、個人から家族へ、家族から部屋へ。
そして最後には、ひとりの日常の時間へ。
絵画は、宮殿の広間から市民の家へ入りました。そして市民たちは、自分たち自身だけでなく、自分たちがどのように暮らしているのかを見るようになります。
しかし、その家の中には人物だけがあったわけではありません。
パンや銀器、陶器、花、果物、地図がありました。窓の外には風景があり、その向こうには遠い海から運ばれてきたものがあります。
次回は、人間から少し離れて「世界を所有するまなざし」を見ていきます。
図版情報
レンブラント・ファン・レイン《夜警》アムステルダム国立美術館蔵/Public domain
レンブラント・ファン・レイン《テュルプ博士の解剖学講義》マウリッツハイス美術館蔵、デン・ハーグ/Public domain
フランス・ハルス《笑う騎士》ウォレス・コレクション蔵、ロンドン/Public domain
ヨハネス・フェルメール《真珠の耳飾りの少女》マウリッツハイス美術館蔵、デン・ハーグ/Public domain
ヤン・ステーン《陽気な家族》アムステルダム国立美術館蔵/Public domain
ピーテル・デ・ホーホ《母の務め》アムステルダム国立美術館蔵/Public domain
ヘラルト・テル・ボルフ《手紙を書く女》マウリッツハイス美術館蔵、デン・ハーグ/Public domain
ヨハネス・フェルメール《牛乳を注ぐ女》アムステルダム国立美術館蔵/Public domain


