市民でたどるヨーロッパ近世美術史②|霊性と路地裏の光

宗教改革のあと、美術は身体と感情へ向かう

前回見た北方ルネサンスでは、美術が少しずつ人々の手元へ近づいていく様子を見ました。

デューラーの版画は、紙に刷られ、町から町へ運ばれました。
クラーナハの肖像は宗教改革に「顔」を与え、ホルバインの《大使たち》は、世界を測ろうとする知性と、その足元にある死を同時に見せました。

そこでは、美術はただ仰ぎ見るものではなく、手に取り、読み解き、考えるものにもなりはじめていました。

けれど16世紀から17世紀にかけて、ヨーロッパの信仰をめぐる世界はさらに大きく揺れ動きます。

宗教改革によって、西ヨーロッパのキリスト教世界は分裂しました。
聖書を読むこと、言葉によって信仰を確かめることが重視される一方、聖人像や祭壇画をどのように考えるのかも改めて問われます。

一方、カトリックの世界でも、美術には新しい役割が求められていきました。

ただ教義を説明するだけではなく、見る人の感情に触れること。
恐れや祈りを呼び起こし、神の存在を、遠い天上の出来事ではなく、自分自身の身体で感じさせることです。

宗教画は、見る者をその場へ引き込み、光や身体、空間を通して信仰を経験させる方向へ動いていきます。

その変化をたどるために、まずヴェネツィアへ向かいます。

ヴェネツィアで信仰が劇場になる

ヤコポ・ティントレットは、16世紀のヴェネツィアに生まれた画家です。

本名はジャコポ・ロブスティ。「ティントレット」という呼び名は、父が染物職人だったことに由来します。

彼が生涯の中心としたヴェネツィアは、王の宮廷を中心に成り立つ都市ではありませんでした。地中海交易によって繁栄した共和国であり、教会だけでなく、「同信会」と呼ばれる市民の宗教組織や有力者たちも美術の重要な注文主でした。

ティントレットも、そうした都市の中で仕事を広げていきます。

彼はヴェネツィアの教会や同信会、公共施設などのために数多くの大画面を制作しました。なかでもサン・ロッコ同信会には、長い年月をかけて建物を覆うほどの宗教画を残しています。

つまりティントレットの宗教画は、王の宮殿だけを飾るための美術ではありませんでした。都市に暮らす人々が集まり、祈り、聖書の物語を見る場所のための美術でもあったのです。

そして彼の絵には、ヴェネツィア絵画の豊かな色彩だけでなく、大胆な遠近法、斜めに走る構図、強い光、激しく動く身体があります。

聖書の物語を、静かに整えられた場面として見せるのではない。
見る者を、その出来事の中へ引き込む。

その特徴をよく示す作品のひとつが、彼の代表作である《最後の晩餐》です。

ヤコポ・ティントレット《最後の晩餐》

ヤコポ・ティントレット《最後の晩餐》最後の晩餐という主題そのものは、それまでにも多くの画家が描いてきました。けれどティントレットの画面では、食卓が画面に平行に静かに置かれているわけではありません。

長いテーブルは画面の奥へ向かって斜めに伸び、人物たちはその周囲で動き、室内には強い光が差し込みます。静かに整えられた聖書の一場面というより、見る者の目の前で出来事が進んでいるような空間です。

誰がどこにいるのかを落ち着いて確認するというより、光と動きに導かれながら、その場に巻き込まれていく。

宗教画を見る体験そのものが変わりつつありました。
信仰の物語は、ただ読み解くものではなく、その場に立ち会うように見るものへ近づいていきます。

そして、このヴェネツィアを実際に通過した画家がいました。

それが次に紹介するエル・グレコです。

ヴェネツィアからスペインのトレドへ

エル・グレコは、その名前からして少し不思議な画家です。

「エル・グレコ」とは、「ギリシア人」を意味する呼び名です。
彼は地中海に浮かぶクレタ島に生まれました。当時のクレタ島には、東方キリスト教のイコンを描く伝統があり、エル・グレコもその文化の中から画家として出発したと考えられています。

その後、彼はヴェネツィアへ渡りました。
そこではティツィアーノやティントレットに代表される、豊かな色彩や劇的な空間を持つ絵画が生まれていました。

さらにローマを経て、最終的にエル・グレコが長く活動することになったのが、スペインのトレドです。つまり彼は、ひとつの土地の様式だけでは説明しにくい画家です。

クレタ島の宗教画、ヴェネツィアの色彩と動く空間、イタリア・ルネサンスの美術、そしてスペイン・カトリックの濃密な信仰世界。エル・グレコは、異なる文化のあいだを移動しながら、自分の表現を作り上げていきました。

エル・グレコ自身が、異なる文化のあいだを移動しながら、自分の表現を作り上げていきました。

トレドは、教会や聖職者、信仰の伝統が深く根づいた宗教都市でした。
エル・グレコはそこで、教会や有力者から注文を受けながら多くの宗教画を描いていきます。

彼が中心に置いたのは、王の権威や王家の血脈ではありませんでした。

人間の魂はどこへ向かうのか。
目に見える世界の向こう側には何があるのか。
死と救済のあいだで、人間は何を信じることができるのか。

その問いが、エル・グレコの細長く揺れる身体と、不思議な光の中に現れていきます。

魂を上へ引き伸ばす

エル・グレコ《オルガス伯の埋葬》

《オルガス伯の埋葬》の画面は、大きく地上と天上の二つに分かれています。

エル・グレコ《オルガス伯の埋葬》下半分には、葬儀に立ち会う貴族や聖職者たちが描かれています。
黒い衣服に包まれた人々の中で、死者の身体が横たわっています。そこには、地上の重さと厳粛な儀式があります。

けれど、その上にはまったく別の世界が開いています。

雲が揺れ、天上には聖人たちが集まり、死者の魂が神のもとへ導かれていきます。

地上では人間が死者を埋葬している。しかしそのすぐ上では、目には見えない救済の出来事が進んでいる。

エル・グレコは、地上の葬儀と天上の救済を、ひとつの画面の中に重ねました。

下の世界は重く、暗く、静かです。
それに対して上の世界では、身体が伸び、雲がうねり、光が揺れています。

エル・グレコの人物たちは、しばしば現実の人間よりも細長く引き伸ばされています。それは、自然な人体を正確に再現するための身体ではありません。

目に見える現実だけでは表しきれないものを描くための身体です。

身体は地上にある。けれど魂は、上へ引っ張られていく。
見えている世界に生きながら、人間は見えない世界を信じようとする。

エル・グレコの絵には、その緊張があります。

ヴェネツィアで見られた劇的な光や動く空間は、エル・グレコの画面では、さらに不安定で霊的なものへ変わっているように見えます。

前回見たデューラーが、世界を観察し、測り、理解しようとした画家だとすれば、エル・グレコはまったく違う方向へ向かいました。

デューラーは測る。エル・グレコは震える。

デューラーの線が世界の形を確かめようとするなら、エル・グレコの線は、目に見える世界から魂を引き剥がそうとします。

世界を理解するために見るのか。それとも、見えないものを感じるために見るのか。

エル・グレコは、その後者へ私たちを引き込んでいきます。

聖なるものを路地裏へ降ろした画家

エル・グレコが魂を天へ引き上げた画家だとすれば、カラヴァッジョはまったく逆の方向へ向かいました。本名をミケランジェロ・メリージという彼は、北イタリアから若くしてローマへ出ます。

当時のローマでは、教会や枢機卿、有力者たちから宗教画の注文が数多く生まれていました。カラヴァッジョも、そうした注文を受けながら画家として名声を高めていきます。

彼の人生には、喧嘩や事件、逃亡といった激しい出来事もありました。
けれど、ここで重要なのはその破天荒な人生そのものではありません。

カラヴァッジョは、教会のための宗教画を描きながら、聖書の人物たちに、自分と同じ時代を生きる人間の身体を持ち込みました。

聖書の人物たちに、古びた服や皺のある顔、汚れた足、傷ついた皮膚といった、現実の人間の身体を持ち込みました。

聖人だからといって、必ずしも美しく整えられているわけではありません。
神の出来事も、遠い天上にだけ存在するものではありません。
薄暗い部屋や、金を数える人間のすぐ隣で起こります。

カラヴァッジョは、聖なるものを現実の世界へ引き寄せました。

日常の闇に差し込む光

カラヴァッジョ《聖マタイの召命》

カラヴァッジョ《聖マタイの召命》《聖マタイの召命》には、薄暗い室内が描かれています。
テーブルを囲む男たちがいて、金を数える者や、顔を上げる者がいます。

そこへ右側から、キリストとペテロが入ってきます。同時に、鋭い光が部屋の中へ差し込みます。

この光は、単なる室内の照明ではありません。

キリストの呼びかけと重なるように、暗闇の中へ入ってきます。それまで金を数えていた人間の日常へ、突然、別の意味が入り込んでくる。

それまで金を数えていた人間の日常へ、突然、神の呼びかけが入り込んでくるのです。

けれど、画面の人々は遠い聖書時代の人物のようには見えません。同時代のローマのどこかにいそうな男たちです。

カラヴァッジョは、聖書の物語を、見る者が知っている現実の世界へ近づけました。

神の呼びかけは、日常の汚れた空気の中に差し込む。

この作品を見る人も、ただ聖書の物語を外から眺めているだけではいられません。

自分のいる場所にも、この光が差し込むかもしれない。
自分もまた、呼びかけられる側かもしれない。

そんな距離の近さがあります。そして興味深いのは、同じ場所にいる人々が、同じようには反応していないことです。

顔を上げる者がいる。
驚く者がいる。

まだ目の前の出来事に気づいていないように見える者もいます。信仰は、画面全体を均等に満たしているわけではありません。ある瞬間、ひとりの人間の日常へ入り込んでくる出来事として描かれています。

カラヴァッジョは、その反応を人間の身体で描きました。

人々は目を上げ、指を差し、身を乗り出します。

ここで信仰は、頭の中だけで理解するものではなく、身体が反応する出来事になっています。

傷口まで近づく信仰

カラヴァッジョ《聖トマスの不信》

カラヴァッジョが描いた信仰の身体は、さらに近いところまでやってきます。

カラヴァッジョ《聖トマスの不信》《聖トマスの不信》では、復活したキリストを前にして、使徒トマスが疑っています。

本当に復活したのか。
本当にこの身体は、十字架にかけられたキリストなのか。

その疑いに対して、キリストは自らの傷を示します。カラヴァッジョは、この場面を驚くほど近い距離で描きました。

トマスの指が、キリストの脇腹の傷へ入っていきます。周囲の使徒たちも身を寄せ、顔を近づけて傷口を覗き込んでいます。皺の寄った額、開いた服、柔らかな皮膚、そして傷口までが、見る者のすぐ近くへ迫ってきます。

ここには、信仰を美しく包むための距離がありません。

信じるとは、見ることなのか。
触れることなのか。
それとも、傷を確かめることなのか。

この絵は、その問いを鑑賞者にも突きつけます。

エル・グレコの信仰が、魂を上へ引き上げるものだったとすれば、カラヴァッジョの信仰は、傷口へ指を入れるほど近いものです。

エル・グレコでは、人間の身体が天へ向かって伸びていきます。
カラヴァッジョでは、神の身体が人間のいる場所まで降りてきます。

まったく逆の方法で、二人は見えない信仰を描こうとしました。

身体で感じる信仰

エル・グレコとカラヴァッジョは、同じ方向を向いていた画家ではありません。

エル・グレコは、身体を現実から引き離すことで、見えない魂を描こうとしました。

カラヴァッジョは、身体を現実へ近づけることで、見えない信仰を触れられるものにしようとしました。

その方法は正反対です。
けれど、どちらも信仰を遠い教義のままにはしませんでした。

エル・グレコの画面では、地上と天上のあいだで魂が揺れます。
カラヴァッジョの画面では、日常の暗闇へ光が差し込み、傷のある身体に人間が触れます。

見る者は、その出来事の外側に立っているだけではありません。
絵の前に立つ自分自身の身体まで、作品の中へ引き込まれていきます。

美術は、目だけではなく、人間の感情や身体へ働きかけるものになっていきました。

けれど、美術を必要としたのは信仰だけではありません。17世紀のフランドルでは、教会や宮廷から大きな注文が入り、画家の工房には多くの助手が集まりました。

作品は作られ、注文され、売られ、遠くへ運ばれていきます。

次回は、ルーベンスを中心に、ブリューゲル、ヨルダーンス、ヴァン・ダイクを通して、祈り、仕事、工房、市場が交差するフランドルを見ていきます。

図版情報

ヤコポ・ティントレット《最後の晩餐》1592–94年、サン・ジョルジョ・マッジョーレ聖堂蔵、ヴェネツィア/Public domain

エル・グレコ《オルガス伯の埋葬》サント・トメ教会蔵、トレド/Public domain

カラヴァッジョ《聖マタイの召命》サン・ルイジ・デイ・フランチェージ聖堂蔵、ローマ/Public domain

カラヴァッジョ《聖トマスの不信》サンスーシ絵画館蔵、ポツダム/Public domain


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