この連載ではここまで、ダヴィッドに始まる秩序の世界が揺らぎ、クールベやミレーによって現実へ足場が移り、マネや印象派によって視覚そのものが更新され、さらにポスト印象派、新印象主義、象徴派らによって、その先に複数の未来が開かれていく流れをたどってきました。そうした変化の連なりを見ていると、19世紀フランス美術は前衛の物語として読まれることが多く、たしかにその見方は重要です。
けれども、彼らが活躍していた同じ時代に、アカデミーとサロンの価値観も高く評価され、多くの人に支持されていた事実もあります。むしろ当時の制度の中心にいたのは、こちら側だったと言ってよいでしょう。
前衛の物語だけを追っていると見えにくくなりがちですが、19世紀フランス美術を本当に理解するためには、この「正統」の流れを見落とすことはできません。
この回では、アングル、カバネル、ジェローム、ブグローというアカデミー、サロン側の4人の画家を通して、彼らが19世紀を通してどのような美を支え続けたのか、その体系がどれほど強固なものだったかを見ていきます。そこで見えてくるのは、古い制度が単純に新しい絵画に敗れて消えていったという図式ではありません。むしろ19世紀フランス美術とは、新しさと正統が長く併存し、せめぎ合っていた時代だったことが見えてくると思います。
アカデミーとサロンが守ったもの
19世紀のフランスでは、アカデミーとサロンがなお美術の大きな中心でした。アカデミーは、美術教育と価値判断の基準を担い、サロンはその基準が公に示される場でした。何が高いジャンルとされるのか、どのような構図や人体表現が望ましいのか、どのような主題が格調高いとされるのか。そうした「正統」は制度のなかで共有され、繰り返し再生産されていきます。そこでは、明快なデッサン、安定した構成、洗練された仕上げ、神話や歴史や理想化された人物像が重んじられました。
しかしそれは、単なる「古さ」ではありませんでした。アカデミー絵画は、高度な技術、視覚的な快楽、教養ある主題、制度的な権威を結びつけた、ひとつの完成された美の体系でもあったのです。
線が守る古典の気高さ
ジャン=オーギュスト=ドミニク・アングル《グランド・オダリスク》(1814)
19世紀フランスの正統を考えるとき、まず置いておきたいのがジャン=オーギュスト=ドミニク・アングル(1780〜1867)です。ダヴィッド以後の新古典主義の流れを受け継ぎながら、19世紀前半のアカデミックな理想を体現した画家でした。

《グランド・オダリスク》を見ると、その特徴はよくわかります。横たわる女性の身体は、現実の人体として厳密に自然というより、むしろ理想化され、引き伸ばされ、なめらかな線によって統一されています。アングルの世界では色彩よりも線が優位に立ち、画面は静かで、表面は磨き上げられ、人物はどこか時代を超えた理想として現れます。
ところでこの絵は、発表された当初から背中の長さが不自然だと指摘されてきました。後の研究では、実際の人体よりも椎骨が5個分ほど長く見えるともいわれています。しかしそれは、単なる描き間違いではありませんでした。線の美しさと官能性を最大限に引き出すために、解剖学的な正確さをあえて手放したのです。背中から腰へと流れる曲線は、人体の自然さよりも、画面全体の優美さを優先して整えられています。
批評家たちに酷評されたアングルでしたが、自分の美意識を簡単には曲げませんでした。彼の「正確さより美しさ」という態度は、のちにピカソやマティスのような20世紀の画家たちにも影響を与えていきます。アングルの古典主義は、単なる保守ではなく、形を理想へ向けて変形する強い意志を持っていたと言えるでしょう。
サロンが愛した、上品な神話の身体
アレクサンドル・カバネル《ヴィーナスの誕生》(1863)
19世紀半ば、サロンで広く愛されたアカデミックな絵画を象徴するのが、アレクサンドル・カバネル(1823〜1889)の《ヴィーナスの誕生》です。海の上に横たわるヴィーナスの身体は、神話を題材にしながら、非常に洗練された官能を帯びています。肌はなめらかで筆跡は見えず、現実のざらつきは慎重に取り除かれています。
この作品は1863年のサロンに出品されると高く評価され、フランス皇帝ナポレオン3世が個人コレクションとして買い上げました。これによって、カバネルの名声は確固たるものになります。
ところが同じ1863年には、マネの《草上の昼食》が激しい批判を浴びていました。カバネルの裸婦は神話の名のもとに受け入れられ、マネの裸婦は現実の身体として見る者に違和感を突きつけました。19世紀フランス美術が単純に前へ進んでいったのではなく、異なる価値観が同じ時代に鋭くぶつかり合っていたことをよく示しています。
カバネルは、サロンが求める美をきわめて高い完成度で満たした画家でした。だからこそ、彼を通して見えてくるのは、前衛が登場してもなお揺らがなかった制度の側の強さなのです。
精密さと演出がつくる制度の権威
ジャン=レオン・ジェローム《闘鶏をする若いギリシア人》(1846)
ジャン=レオン・ジェローム(1824〜1904)は、19世紀後半まで力を保ち続けたアカデミスムを考えるうえで欠かせない存在です。考古学的な細密さ、劇的な演出、滑らかな仕上げによって、見る者に強い説得力を与えます。《闘鶏をする若いギリシア人》のような作品では、古代世界の場面が緻密な描写と整った構成によって鮮やかに立ち上がります。
人物の身体表現はよく訓練されたデッサンの成果を示し、空間も主題も、見る者が理解しやすいかたちで提示されています。ここでは絵画は、視覚の揺れや断片ではなく、完成された場面の再構成として成立しています。
しかしジェロームの重要さは、こうした技術的完成だけではありません。彼は教育者としても大きな影響力を持ち、サロン審査にも関わりながら、アカデミックな価値観を支える存在でした。印象派の画家たちが制度の壁に直面していた時代に、ジェロームはまさにその制度の中心にいた人物だったのです。
後の視点から見ると、ジェロームは前衛に立ちはだかった「憎まれ役」のように見えることもあります。けれども当時の公的な美術世界の中核にいた人物として見るならば、彼こそが「正統」の守護者でした。フランスにおいて印象派の時代になってもアカデミスムは消えていたわけではなく、こうした画家を通してなお制度の中心に居続けていたのです。
アカデミスムの完成と人気
ウィリアム・アドルフ・ブグロー《ヴィーナスの誕生》(1879)
19世紀後半のアカデミックな美の完成を見るなら、ウィリアム・アドルフ・ブグロー(1825〜1905)は外せません。神話、宗教、理想化された人物像を、きわめて高度で滑らかな技術によって描き出します。《ヴィーナスの誕生》では、人物たちの身体は緻密に描かれながら、現実の重さや不完全さから切り離されたように見えます。肌は均一に輝き、構成は安定し、画面全体に豊かな視覚的快楽があります。
そこには、印象派のような即興性や視覚の不安定さはありません。かわりにあるのは、完成された理想像を前にする満足感です。
ブグローは当時非常に人気が高く、公的にも成功した画家でした。しかし、印象派や近代絵画を重視する流れが強まるにつれて、その評価は大きく下がっていきます。彼の滑らかな表面や理想化された人物像は、20世紀の美術史のなかで、しばしば古く甘美すぎるものとして見られるようになりました。
けれども今日の目で見ると、ブグローの技術的な精緻さはやはり驚くべきものがあります。当時の多くの観客にとって、美術とはこうした作品だったのです。ブグローを最後に置くと、19世紀フランス美術の「もうひとつの主流」が、決して弱い残響ではなく、きわめて強い現実だったことがよくわかります。
正統と前衛は、同じ時代を生きていた
彼らを並べてみると、19世紀フランス美術を前衛の歴史だけで語れない理由が見えてきます。アカデミーとサロンの正統側には明確な美の基準があり、それを支える技術があり、多くの観客の支持がありました。一方で、同じ時代に印象派やポスト印象派、新印象主義、象徴派の画家たちは、別の見方、別の絵画、別の価値を切り開いていました。
19世紀フランス美術とは、ひとつの流れが次の流れに単純に置き換わっていく物語ではありません。正統と前衛、制度と逸脱、完成と揺らぎが長く同時に存在し、互いにせめぎ合いながら時代を作っていたのです。
このことを踏まえると、前衛が何とぶつかっていたのかが、より具体的に見えてきます。反対に、アカデミーもまた単なる古い様式ではなく、当時の制度、趣味、教育、理想を背負った強い世界として存在していたことが、よりはっきり立ち上がってくるのです。
19世紀フランス美術は、ひとつではなかった
全7回を通して見てきたように、19世紀フランス美術は、秩序の揺らぎから始まり、現実への転換、視覚の更新、印象派の展開、その後の分岐、象徴と世紀末の感受性へと広がっていきました。けれども、その全体を本当に19世紀フランス美術と呼ぶためには、最後にもう一度、アカデミーとサロンの側に目を戻す必要があります。
なぜなら、この世紀は「新しい絵画」が生まれた時代であると同時に、「正統の美」がなお強く生き続けた時代でもあったからです。19世紀フランス美術をおもしろくしているのは、そのどちらか一方ではありません。両方が併存し、ぶつかり合い、互いを際立たせながら進んでいったところにこそ、この時代の豊かさがあります。
図版情報
ジャン=オーギュスト=ドミニク・アングル 《グランド・オダリスク》(1814)ルーヴル美術館蔵、パリ/Public domain
アレクサンドル・カバネル 《ヴィーナスの誕生》(1863)オルセー美術館蔵、パリ/Public domain
ジャン=レオン・ジェローム《闘鶏をする若いギリシア人》(1846)オルセー美術館蔵、パリ/Public domain
ウィリアム・アドルフ・ブグロー《ヴィーナスの誕生》(1879)オルセー美術館蔵、パリ/Public domain


