19世紀フランス美術史⑥夢と装飾の時代へ|象徴派とナビ派、世紀末フランス美術のもうひとつの道

前回見たように、印象派のあと、19世紀末のフランス美術はひとつの方向へまとまって進んだわけではありませんでした。セザンヌは揺れる印象の先に構造を探り、ゴーガンは色彩を象徴へと変え、ゴッホは筆触と色に感情の強度を託し、スーラは光を理論として組み立てました。印象派のあとに広がっていたのは、単なる後継ではなく、複数の未来への分岐だったのです。

その分岐のなかでも、もうひとつ見逃せない流れがあります。それは、見える世界をそのまま再現することから少しずつ離れ、夢、記憶、神話、内面、装飾、平面性といったものへ向かっていく動きです。19世紀後半の美術は、光のなかに新しい視覚を見出しただけではありませんでした。同時に、外からは見えない感情や観念、そして絵画そのものが持つ平面の力にも、強く惹かれていきます。

この回では、ギュスターヴ・モロー、オディロン・ルドンを中心とする象徴派と、その先で親密な室内や装飾へと感覚を広げたナビ派を通して、世紀末フランス美術のもうひとつの流れをたどっていきます。ここで絵画は、現実の窓であることをやめ、夢を見るための場となり、さらに生活の空間へとにじみ出していきます。

見える世界の外側へ

9世紀を通して、絵画は大きく変わっていきました。英雄や神話を描く歴史画の時代があり、そこから現実の人々や自然へ主題が移り、さらに印象派によって「どう見えるか」という視覚の問題が前面に出てきました。けれども、その変化が深まるほど、画家たちは逆に、目に見える世界だけでは捉えきれないものへも向かうようになります。

夢や不安、神秘、記憶、欲望、宗教的感覚。こうしたものは、光の観察だけでは十分に描けません。世紀末の画家たちは、それを暗示や象徴のかたちで画面に呼び込もうとしました。さらにその感覚は、神話的で幻想的な主題だけにとどまらず、室内の壁や布、家具や人物の配置といった、もっと身近な空間の装飾にも入り込んでいきます。

この流れを見ていくと、19世紀末美術とは、印象派に対する単純な反動ではないことがわかります。むしろ、視覚の更新が進んだあとに、画家たちが「絵画とは何を見せるものなのか」をさらに押し広げた結果だったのです。

象徴派とは何か

モローやルドンを考えるうえで鍵になるのが、「象徴派」という考え方です。象徴派は、目に見える現実をそのまま描写するのではなく、暗示や象徴によって、内面、夢、神秘、観念といったものを表そうとしました。

ここで大切なのは、象徴が単純な記号ではないということです。花、目、夜、女性像、神話的人物、異形の生き物といったモティーフは、意味をひとつに固定するためではなく、むしろ複数の感情や観念を呼び込むために使われます。そのため象徴派の作品は、見た瞬間に意味が明快にわかるというより、少し立ち止まり、画面の沈黙や余韻に触れることで、じわじわと働きかけてくるのです。

この曖昧さは、世紀末美術の大きな魅力でもあります。絵画は、説明するものではなく、感じさせるものになる。そこでは視覚だけでなく、記憶や感情そのものが絵の一部になっていきます。

モローの幻視

神話は、説明ではなく気配になる

ギュスターヴ・モロー《出現》(1876年頃)

ギュスターヴ・モローは、象徴派の出発点を考えるうえで、まず置いておきたい画家です。彼の作品には聖書や神話の場面がしばしば登場しますが、それはダヴィッドのように道徳的な物語として整理されているのではありません。モローの画面では、神話や宗教の主題は、きらびやかな装飾とともに、どこか夢のような、触れがたい気配を帯びています。

《出現》では、サロメの前に洗礼者ヨハネの首が幻のように現れています。人物も建築も宝石のように輝き、画面全体は過剰なまでに装飾的です。けれども、この豪華さは単なる美しさの演出ではありません。そこには、魅惑と恐れ、官能と死、宗教的幻視のようなものが同時に満ちています。

モローの絵で重要なのは、物語がひとつの意味へ回収されないことです。見る者は、何が起きているかを理解する前に、まず画面の濃密な気配に呑み込まれます。ここでは絵画は、出来事を説明するものではなく、象徴によって感情や観念を呼び起こすものになっているのです。

このことは、19世紀末美術にとって決定的でした。絵画は、見えるものを写すだけでなく、見えないものの気配を示すことができる。モローはその可能性を、非常に濃密なかたちで押し開きました。

図版の見どころ
まず目を引くのは、画面を埋める過剰な装飾と輝きです。けれども見ているうちに、豪華さの奥に、死や官能や恐れが入り混じった不穏な気配が漂っていることに気づくはずです。モローは物語を説明するのではなく、画面全体で幻視の空気そのものをつくり出しています。

ルドンの内なる世界

夢と沈黙の絵画

オディロン・ルドン《キュクロプス》(1914年頃)

モローが神話や宗教の幻視を華麗な装飾のうちに描いたとすれば、オディロン・ルドンは、もっと静かに、もっと内面的に、夢の世界へ向かった画家でした。彼の作品には、現実には存在しない奇妙な存在や、理由のわからない沈黙がしばしばあらわれます。それらは単なる幻想ではなく、見る者の内側にある不安や憧れを揺り起こすものとして現れます。

《キュクロプス》では、眠るガラテアを見下ろす一つ目の巨人が描かれています。神話的な題材ではあるけれど、そこにあるのは劇的な物語の説明ではありません。むしろ画面には、静かな色彩の響きと、どこか優しく不穏なまなざしが満ちています。巨人は恐ろしい怪物というより、夢の奥からこちらをのぞき込む存在のように見えます。

ルドンの重要さは、対象をはっきり説明しないことによって、逆に見る者の感覚を深く引き込むところにあります。彼の絵には、明快な筋書きがありません。けれどもその曖昧さがあるからこそ、私たちは自分の内面をそこに重ねてしまう。ルドンにとって絵画は、外界の記録ではなく、精神のなかに立ち上がる像を受け止める場だったのです。

印象派が外の光に目を澄ませたとすれば、ルドンの絵画は内なる闇や夢に耳を澄ませています。ここには、近代のもうひとつの感受性がはっきりとあらわれています。

【図版の見どころ】
まずは巨人の一つ目の視線と、眠るガラテアとの距離に注目してみてください。劇的な出来事が描かれているわけではないのに、画面には静かな緊張が漂っています。色彩のやわらかさと不穏さが同時にあるところに、ルドンらしい夢の感覚がよく表れています。

ナビ派の登場

象徴は、室内と装飾へ降りてくる

ポール・セリュジエ《タリスマン》(1888年)

象徴派の感覚は、神話や夢の世界だけにとどまりませんでした。その流れを受けながら、もっと親密な日常や室内、そして装飾の世界へと開いていったのがナビ派です。ナビ派の画家たちは、ゴーガンの影響のもとで、自然の再現よりも、色面や平面性、画面全体のリズムを重視するようになります。

その出発点としてよく知られるのが、ポール・セリュジエの《タリスマン》です。風景を前に描かれたこの小さな作品(27センチ×21.5センチ)では、木や水や地面が、自然な遠近法や陰影によって再現されているのではなく、ほとんど自立した色面として置かれています。そこでは、風景は「見たまま」に描かれるのではなく、色とかたちの秩序へと置き換えられています。

《タリスマン》が重要なのは、それが単なる習作ではなく、絵画が何であるかを考え直す宣言のような役割を持ったことです。絵は窓の向こうの世界ではなく、色とかたちの平面である。この意識は、象徴派の観念性を受け継ぎながら、より具体的に画面の構造へ向かうものでした。

図版の見どころ
木や水面や地面を、現実の風景として読む前に、まず色の配置として見てみると印象が変わります。自然の再現というより、色面が画面の上で互いに響き合っていることがわかるはずです。小さな作品でありながら、絵画を「窓」ではなく「平面」として考える新しい感覚がぎゅっと詰まっています。

親密な日常が装飾になる

エドゥアール・ヴュイヤール《室内、母と姉妹たち》(1893)

ナビ派の魅力は、象徴派のように神話や夢の世界を描くだけではなく、もっと身近な生活空間そのものを、平面性と装飾の感覚でとらえなおしたところにあります。ボナールやヴュイヤールの作品には、家庭の室内、壁紙、衣服、家具、人物たちの静かな関係がしばしば描かれます。

たとえばヴュイヤールの室内画では、人物の姿と壁紙の模様、家具の輪郭、布の色面が互いに溶け合い、画面全体がひとつの織物のように見えます。そこでは人物が劇的に主役化されることはありません。むしろ空間そのものが感情を帯び、生活の気配が装飾と一体になっています。

ボナールの場合もまた、人物や食卓や窓辺の光が、柔らかな色の面として画面に広がります。ここには、印象派的な光の感覚も残っていますが、それはもはや単なる知覚の記録ではありません。色は空間を構成し、画面全体のリズムをつくり、絵は親密な日常そのものをひとつの装飾的世界へ変えていきます。

象徴派が夢や神秘を暗示したのに対して、ナビ派はその感覚を室内や日常の空間へ引き寄せました。ここでは、絵画は神話の遠い世界を描くものではなく、生活のなかに入り込み、壁や布や空気とともに存在するものになっていきます。

図版の見どころ
人物だけを追うのではなく、壁紙、布、家具、服の模様がどう画面全体に広がっているかを見てみてください。人物と背景の区別がゆるみ、空間そのものが感情を帯びているように感じられるはずです。ナビ派が日常の室内を、装飾と平面の感覚でまったく新しく見せていたことがよくわかります。

世紀末フランス美術が開いたもの

モロー、ルドン、ナビ派を並べてみると、19世紀末フランス美術の豊かさがよく見えてきます。モローは神話と幻視を濃密な装飾のなかに描き、ルドンは夢と内面を沈黙のうちに呼び起こしました。そしてナビ派は、その象徴的な感覚を日常の室内や平面の装飾へと開いていきました。

ここで見えてくるのは、世紀末美術が単なる「不思議な絵」の集まりではないということです。それは、見える世界を再現するだけでは足りないという不満のなかから生まれた、新しい絵画の探求でした。夢を描くこと、暗示すること、平面として構成すること、生活の空間へにじみ出ること。絵画はここで、現実の写しではなく、感覚や観念そのものを形にする場になっていきます。

ナビ派が重要なのは、象徴派をやわらげて日常化したからだけではありません。彼らはまた、絵画を「窓」ではなく「平面」として意識する感覚を、はっきり前に出しました。色は奥行きをつくるためだけでなく、それ自体として配置され、画面は再現よりも構成の場になります。

このことは、20世紀美術への橋としてとても大きな意味を持ちます。色彩の自立、平面性の強調、装飾と絵画の接近。こうした感覚は、その先でフォーヴィスムや、さらにモダン・デザインや室内装飾の感覚へとつながっていきます。つまり19世紀末のフランス美術は、夢と象徴の方向へ閉じていったのではありませんでした。むしろそのなかから、絵画がもっと自由な色と平面へ向かう新しい可能性も生まれていたのです。

そしてその流れは、そのまま20世紀のはじまりへ続いていきます。近代美術の入口は、光のなかにだけあったのではありません。夢、象徴、装飾、内面、そして平面そのものの意識のなかにも、もうひとつの入口が開かれていたのでした。

次回は、アングル、カバネル、ジェローム、ブグローを通して、19世紀フランス美術の「正統」と呼ばれた世界へ目を向けます。前衛の物語だけでは見えてこない、アカデミー絵画とサロンの美をたどりながら、この時代がいかに多層的だったのかを見ていきます。

図版情報

ギュスターヴ・モロー《出現》 オルセー美術館蔵、パリ/Public domain
オディロン・ルドン《キュクロプス》 クレラー=ミュラー美術館蔵、オッテルロー/Public domain
ポール・セリュジエ《タリスマン》 オルセー美術館蔵、パリ/Public domain
エドゥアール・ヴュイヤール《室内、母と姉妹たち》 ニューヨーク近代美術館蔵、ニューヨーク/Public domain


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