19世紀フランス美術史⑤印象派のあとに広がった世界|ポスト印象派、新印象主義

前回見たように、印象派の画家たちは、光のなかで世界がどう見えるかを絵画の中心に置きました。モネは移ろう光そのものを追い、ルノワールは都市の余暇をきらめく空気のなかで描き、ピサロやシスレーは風景が時間や天候によって変化するさまを静かに見つめました。そこでは世界は、固定された形としてではなく、光と色のゆらぎのなかで立ち現れるものとしてとらえられていました。

けれども、19世紀後半の絵画は、印象派でひとつの完成にたどりついたわけではありません。むしろ、そのあと画家たちは、印象派が開いた視覚の可能性をそれぞれ別の方向へと押し広げていきます。もっと確かな形を求める者。色彩を感情や象徴に変える者。光を理論として組み立てようとする者。印象派のあとに広がったのは、ひとつの正解ではなく、それぞれに異なる未来をはらんだ複数の道でした。

この回では、ポール・セザンヌ、ポール・ゴーガン、フィンセント・ファン・ゴッホのポスト印象派、そしてスーラを中心とする新印象主義を通して、その分岐を見ていきます。ここでは、近代絵画がさらに多声的になっていく瞬間がはっきりと見えてきます。

印象派のあとに何が起きたのか

「見ること」の先に、それぞれの問いが生まれる

印象派は、光のなかで世界をとらえる新しい視覚を定着させました。しかし、光と色の一瞬の印象を描くことは、同時に新たな問いをも生み出しました。移ろう見え方を追うだけで、世界の確かさはつかめるのか。光のなかに溶ける形を、もう一度組み立て直すことはできるのか。見えるものの背後にある感情や象徴を、絵画はどう扱えるのか。色彩は感覚の記録であるだけでなく、もっと強い意味や秩序を持ちうるのではないか。

こうして、印象派のあとにはひとつの正解が続いたのではなく、いくつもの方向が開かれていきました。その分岐の豊かさこそが、19世紀末美術のおもしろさでもあります。

セザンヌが求めたもの

揺れる印象の先にある「構造」

ポール・セザンヌ《サント=ヴィクトワール山》

セザンヌは、印象派と深く関わりながらも、その先でまったく独自の道を切り開いた画家です。彼もまた自然を前に描きましたが、その関心は、光の一瞬のきらめきをとらえることだけには向かっていませんでした。彼が求めたのは、移ろう見え方の奥にある、世界の確かな構造でした。

《サント=ヴィクトワール山》の連作に見られるように、セザンヌの風景は、ぱっと見れば印象派の延長のようにも見えます。けれども、その画面には独特の緊張があります。山、木々、空、家々は、ただ光のなかに溶けているのではなく、色の面の積み重ねによって、少しずつ組み立てられています。輪郭は明快に閉じられていないのに、全体は不思議な安定感を持っています。

セザンヌにとって、自然は単に印象を受け取る対象ではありませんでした。見ることを通して、そこにある形や空間の関係を組み直していくこと。彼の絵では、光のなかで揺れる世界が、色の配置によってもう一度構造化されていきます。印象派が「どう見えるか」を描いたとすれば、セザンヌはその先で、「見えている世界はいかに成り立っているか」を問うたのでした。

この問いは、のちの20世紀絵画への大きな橋にもなっていきます。印象派のあとに待っていた未来のひとつは、ここにありました。

図版の見どころ
山の輪郭を追うというより、空、木々、斜面、家々が小さな色の面として積み重なっているところに注目してみてください。形は揺れているのに、全体が不思議な安定感を保っている。セザンヌが印象の奥にある「構造」を探っていたことが見えてきます。

ゴーガンの転換

色は現実の再現ではなく、象徴になる

ポール・ゴーガン《説教の後の幻影(ヤコブと天使の闘い)》(1888)

ゴーガンもまた、印象派を出発点にしながら、そこから大きく離れていった画家です。彼の絵では、色はもはや光のなかで揺れる印象を記録するためのものではありません。むしろ、感情や象徴、内面的な世界を表すための強い手段になっていきます。

《説教の後の幻影》では、赤く塗られた地面の上に、ヤコブと天使の闘いの幻が現れ、その手前でブルターニュの農婦たちがその光景を見つめています。この作品の印象的なところは、現実と幻がひとつの画面に重ねられていることだけではありません。何よりも、自然の色が現実らしく再現されていないことです。地面は強烈な赤で満たされ、木の幹は画面を大胆に横切り、空間は遠近法によって自然に奥へ広がるのではなく、平面的に押し出されます。

ここでは色は、「その場でどう見えたか」の記録ではありません。むしろ画家が何を感じ、何を意味として与えたいかを示すために使われています。ゴーガンは、印象派が重んじた自然観察から距離を取り、絵画をもっと観念的で象徴的な方向へと導きました。

この転換はとても大きな意味を持ちます。絵画は、見える世界を再現するだけのものではなく、見えない精神や神話や記憶を色とかたちで表す場にもなりうる。そのことを、ゴーガンは強く示したのです。

【図版の見どころ】
まず目に入るのは、現実の地面とは思えない強烈な赤でしょう。さらに、木の幹が画面を大胆に斜めに横切り、現実の農婦たちと幻の場面とをひとつの画面に結びつけています。自然をそのまま再現するのではなく、色とかたちで意味をつくる絵画へ向かう転換が、ここにはっきり表れています。

ゴッホの色彩

感情は、色と筆触で燃え上がる

フィンセント・ファン・ゴッホ《星月夜》(1889)

ゴッホもまた、印象派のあとを考えるうえで欠かせない存在です。彼は印象派から明るい色彩の刺激を受けながら、それをまったく別の強度へと変えていきました。ゴッホの絵では、色彩は光の観察であると同時に、心の状態を直接に伝えるものになります。

《星月夜》では、夜空は静かな暗闇ではありません。渦を巻くような青と黄のうねりが画面全体を貫き、星や月は燃えるように輝いています。村の屋根や糸杉もまた、現実の姿を写したというより、夜のなかで高まる感情のリズムを帯びています。見えている風景が、そのまま心の振動に変換されているようです。

ゴッホの重要さは、筆触にもあります。彼の絵では、絵の具は滑らかに均されるのではなく、盛り上がり、うねり、画面に運動を残します。色と筆触がひとつになって、見る者の感覚に直接触れてくる。印象派が視覚の絵画だったとすれば、ゴッホの絵画は、そこに感情の震えをさらに強く流し込んだものだと言えるでしょう。

【図版の見どころ】
星や月の明るさだけでなく、空全体が渦を巻くようにうねっていることに目を向けてみてください。糸杉や丘や村の輪郭も静かに留まらず、画面全体がひとつのリズムを持って脈打っています。見えている風景が、そのまま心の振動に変わっているように感じられるはずです。

新印象主義というもうひとつの道

光を理論として組み立てる

ジョルジュ・スーラ《グランド・ジャット島の日曜日の午後》(1884–86)

印象派のあとに開かれた道は、感情や象徴の方向だけではありませんでした。もうひとつ重要なのが、光と色をより理論的に組み立てようとする新印象主義です。その中心にいたのがジョルジュ・スーラでした。

《グランド・ジャット島の日曜日の午後》は、その代表作です。セーヌ川の中洲で休日を過ごす人々が描かれたこの作品は、一見すると静かで整った公園の情景に見えます。けれども、近づくと画面は無数の小さな点から成り立っていることに気づきます。スーラは、色彩をパレット上で混ぜるのではなく、小さな純色の点を並べることで、見る者の目のなかで色が混ざり合う効果をねらいました。

ここでおもしろいのは、印象派もまた色を細かな筆触に分けていたことです(筆触分割技法)。けれども、モネたちがそうしたのは、刻々と変わる光や空気を逃さず、できるだけ生きたまま画面にとどめるためでした。いわば一発録りの合奏のように、その場のゆらぎごと描こうとしたのです。これに対してスーラの点描技法は、色彩の効果を一つずつ分析し、あとで全体がどう見えるかまで計算しながら積み上げていく、精密なレコーディングのようなものでした。

そのため画面はきわめて静かで、人物たちはどこか記号のようにも見えます。そこには、ルノワールのにぎやかな都市の揺らぎとは異なる、冷たく知的な緊張があります。光に満ちた休日の情景であるはずなのに、どこか時間が止まったようにも、人間の体温が少し遠のいたようにも感じられる。その不思議さこそ、スーラが印象派から踏み出した新しさでもありました。

新印象主義は、印象派の延長であると同時に、その自然なゆらぎから一歩引き、もっと意識的に視覚を構成しようとする試みでした。ここでもまた、印象派のあとが単なる続きではなく、新しい分岐であったことがよくわかります。

【図版の見どころ】
まず少し離れて全体を見て、そのあと近づいてみると印象が変わります。遠くからは静かな公園の情景に見えますが、近くでは画面が無数の小さな点でできていることに気づくはずです。人物たちの動きの少なさや、どこか記号のような硬さにも注目すると、印象派の自然な揺らぎとは違う、スーラ独特の静かな緊張が見えてきます。

印象派のあとに広がったのは「分岐」だった

セザンヌ、ゴーガン、ゴッホ、スーラを並べてみると、印象派のあとに続いたのがひとつの流れではなかったことがはっきり見えてきます。セザンヌは揺れる印象のなかから構造を探り、ゴーガンは色を象徴へと変え、ゴッホは色彩に感情の強度を託し、スーラは光を理論へと押し進めました。

彼らはみな、印象派を通過してその先へ進んだ画家たちです。けれども、その向かった先はそれぞれ違っていました。だから、印象派以後の彼らの活動をひとことでまとめてしまうだけでは足りません。ここで起きていたのは、ひとつの到達点のあとに広がる、多方向の未来だったのです。

セザンヌが開いたのは、見える世界を構造として組み直す道でした。ゴーガンは色と形を象徴や内面へ向かわせ、ゴッホは色彩と筆触に感情の震えを託し、スーラは光と色を理論として構成しようとしました。20世紀美術のさまざまな流れは、すでにこの地点で、それぞれ別の入口をのぞかせていたのです。

次回は、モローやルドン、さらに世紀末の象徴派やナビ派へと視野を広げながら、19世紀末の美術が見える世界の再現を超えて、夢、象徴、装飾、内面へと向かっていく流れを見ていきます。近代美術の入口は、光のなかにだけあったのではありません。夢や幻視のなかにも、また別の入口が開かれていたのです。

図版情報

ポール・セザンヌ《サント=ヴィクトワール山》 オルセー美術館蔵、パリ/Public domain
ポール・ゴーガン《説教の後の幻影》 スコットランド国立美術館蔵、エディンバラ/Public domain
フィンセント・ファン・ゴッホ《星月夜》 ニューヨーク近代美術館蔵、ニューヨーク/Public domain
ジョルジュ・スーラ《グランド・ジャット島の日曜日の午後》 シカゴ美術館蔵、シカゴ/Public domain


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