19世紀フランス美術史①決まり事のある世界|新古典主義、ロマン主義、そして揺らぎの始まり

19世紀フランス美術史|シリーズの一覧を見る

19世紀フランス美術というと、モネやルノワールに始まる印象派の、明るく自由な絵画を思い浮かべる人が多いかもしれません。けれども、その出発点にはむしろ強い「決まり事」がありました。絵画には何を描くべきかについて、はっきりとした序列があり、神話や古代史、聖書、国家的事件などを主題とする「歴史画」がもっとも高く評価されていたのです。

当時のフランスでは、アカデミーの価値観がなお大きな力を持ち、画家たちはその規範のなかで技術を磨いていました。そして、その価値観が社会に示される最大の場がサロンでした。サロンは単なる展覧会ではなく、画家の名声や将来を左右する舞台でもありました。現代でいえば、話題性と権威をあわせ持つ巨大な発表の場に近かったかもしれません。そこで認められるかどうかは、美術界で生きていくうえで切実な意味を持っていたのです。

19世紀フランス美術のおもしろさは、こうした秩序が長く力を持っていたこと、そしてその秩序が内側から少しずつ揺らいでいくことにあります。

今回は、その揺らぎのはじまりを、ダヴィッド、ジェリコー、ドラクロワの作品を通して見ていきます。

新古典主義とは何か

理性、秩序、徳を描く絵画

この「正統」をもっとも鮮やかに示したのが、新古典主義です。新古典主義は、古代ギリシア・ローマの美術や思想を理想とし、理性、節度、均衡、明晰さを重んじた様式でした。安定した構図、明確な輪郭、抑えられた感情、そして筆跡を目立たせない滑らかな仕上がりに、その特徴がよく表れています。

その代表的な画家が、ジャック=ルイ・ダヴィッド(1748年~1825年)です。

ジャック=ルイ・ダヴィッド《ホラティウス兄弟の誓い》(1784)

ジャック=ルイ・ダヴィッド《ホラティウス兄弟の誓い》

《ホラティウス兄弟の誓い》は、新古典主義の典型として知られる作品です。古代ローマの物語を題材に、三人の兄弟が父の差し出す剣に向かって腕を伸ばし、国家のために戦う誓いを立てる場面が描かれています。男性たちの直線的な姿勢と、右側で嘆く女性たちの曲線的な姿勢は明快に対比され、画面全体はきわめて整然としています。

しかもこの作品は、約329.8×424.8センチという大画面です。歴史画の多くは、現代の私たちが画集やスマホ画面から想像するより、はるかに巨大でした。歴史画とは本来、壁面を占めるような大画面で観る者を圧倒し、公的な価値や感情を身体ごと受け止めさせるための絵画でもあったのです。実際の前に立つと、画集で見る以上に人物たちの身振りが大きく迫ってきます。

個人の感情よりも、国家や義務への忠誠が優先されるという価値観そのものです。絵画は感情を煽るだけでなく、理性と徳の模範を示すものと考えられていました。

またこの作品で印象的なのは、表面が磁器のようになめらかに整えられ、画家の筆の跡がほとんど見えないことです。筆跡を消し去ることは、単なる技巧の誇示ではありませんでした。それは、個人の感情や偶然の勢いよりも、客観的な秩序と明晰さを優先する、新古典主義の誠実さの表れでもあったのです。

ダヴィッドの絵にひそむ最初の亀裂

しかし、ダヴィッドは単なる「正統」の画家ではありませんでした。彼はフランス革命という激動の時代に深く関わり、絵画を同時代の政治と結びつけてもいきます。

ジャック=ルイ・ダヴィッド《マラーの死》(1793)

ジャック=ルイ・ダヴィッド《マラーの死》《マラーの死》は、革命家ジャン=ポール・マラーが暗殺された直後の姿を描いた作品です。浴槽にもたれた身体、手から落ちる手紙、切り詰められた空間。画面はきわめて簡潔で、静けささえ漂っています。

ここでも構成は明快で、筆触も表に出ず、新古典主義の形式は保たれています。けれども、主題は大きく変わっています。古代の英雄ではなく、現実の政治のなかで命を落とした同時代人が、ほとんど殉教者のように描かれているのです。観る者は群衆的な劇ではなく、ひとりの死に静かに向き合わされます。

古代の英雄を描いていたダヴィッドは、ついに「いま、目の前で起きた死」を描きました。構図は古典的でありながら、その中身は熱を帯びた政治の最前線です。正統な形式の内部に、生々しい現在が流れ込み、ここから美術史の針は少しずつ「現実」へと動きはじめます。

ロマン主義とは何か

感情、劇性、色彩のうねり

こうした揺らぎをさらに押し進めたのが、ロマン主義です。ロマン主義は、新古典主義の理性や均衡に対し、感情、想像力、劇性、運動感、そして色彩の強い効果を重視しました。輪郭を整えた静かな画面よりも、揺れ動く世界や内面の高まりが重要になるのです。

その違いは筆づかいにも表れます。表面をなめらかに整える新古典主義に対し、ロマン主義では筆致そのものが熱や動きを伝えることがあります。絵画はより直接的に、見る者の感覚へ働きかけるようになっていきました。

巨大な絵画に持ち込む

ジェリコー《メデューズ号の筏》

ジェリコー《メデューズ号の筏》テオドール・ジェリコー(1791年~1824年)の《メデューズ号の筏》は、その転換を象徴する作品です。題材は、1816年に実際に起きた海難事故でした。難破した軍艦の生存者たちが筏の上で極限状態に置かれたこの事件を、ジェリコーは歴史画と同じような巨大なスケールで描いた、約491×716センチという巨大作です。

神話ではなく同時代の悲劇が、これほどの大画面で押し出されること自体が事件でした。画面には死者、絶望する者、助けを求める者が折り重なるように描かれ、古典的な構図の骨格を保ちながらも、そこに満ちるのは理性の静けさではなく、極限の身体と感情です。

ジェリコーは歴史画の形式を捨てたのではありません。むしろその格式を使いながら、現実の悲劇を持ち込んだのです。この一歩が、のちの写実主義へつながる大きな転換になりました。

色彩と運動が歴史を揺さぶる

ドラクロワ《民衆を導く自由の女神》

ドラクロワ《民衆を導く自由の女神》ウジェーヌ・ドラクロワ(1798年~1863年)の《民衆を導く自由の女神》は、1830年の七月革命を背景とした作品です。中央には自由を象徴する女性、そのまわりには市民や労働者、学生、兵士たちが入り乱れ、倒れた者を越えて前へ進んでいきます。

この作品もまた約260×325センチの大作です。実際には、旗の赤、青、白は画面いっぱいに響き合い、煙にかすむ空気のなかで強いリズムをつくります。人物たちは整然と並ぶのではなく、画面全体が前へ押し出されるような勢いを持っています。筆致もまた、画面にざわめきや熱を残し、革命の空気そのものを感じさせます。

ダヴィッドの絵が理性によって秩序を示すものだとすれば、ドラクロワの絵は色彩と動きによって感覚を揺さぶるものだといえるでしょう。ここに、新古典主義からロマン主義への大きな変化がはっきり表れています。

19世紀美術は「揺らぎ」から始まった

こうして見ていくと、19世紀フランス美術の始まりは、完成された秩序の時代というより、その秩序が内側から揺れはじめた時代として見えてきます。ダヴィッドは正統の形式を磨き上げながら、それを現実の政治へと接続しました。ジェリコーはそこに同時代の悲劇を持ち込み、ドラクロワは色彩と劇性によって絵画をさらに動かしました。

この変化は、単なる様式の交代ではありません。絵画が何を描くべきか、何によって人を動かすのか、その前提そのものが揺らぎはじめたのです。

そして次にやってくるのは、さらに大きな転換です。神話や英雄、革命といった「大きな物語」から離れ、画家たちは地方の暮らし、農民の労働、目の前の自然へと視線を向けるようになります。ここで生まれた小さな揺らぎは、やがてクールベの現実、マネの違和感、モネの光、そしてゴッホの強烈な色彩へとつながっていきます。

次回は、クールベ、ミレー、コローを通して、名もない人びとの現実がどのように絵画の中心へ現れてきたのかを見ていきます。

図版情報

ジャック=ルイ・ダヴィッド《ホラティウス兄弟の誓い》 ルーヴル美術館蔵、パリ/Public domain
ジャック=ルイ・ダヴィッド《マラーの死》 ベルギー王立美術館蔵、ブリュッセル/Public domain
テオドール・ジェリコー《メデューズ号の筏》 ルーヴル美術館蔵、パリ/Public domain
ウジェーヌ・ドラクロワ《民衆を導く自由の女神》 ルーヴル美術館蔵、パリ/Public domain


19世紀フランス美術史|シリーズの一覧を見る 次の記事へ→