日本画家の穐月明さんの絵には、ひとつひとつに物語があります。古典や仏典など、一見むずかしく感じる題材も多いのですが、実はユーモアや親しみのある、面白いお話が隠れているのです。絵を眺めるだけでなく、その背景にある物語を知ることで、より楽しく、より身近に感じていただけることでしょう。
今回は、そんな穐月さんの絵を通して、お釈迦さまの生涯を九つの場面で、わかりやすくまとめたお話をお届けします。どうぞ、ひとつひとつの場面から、お釈迦さまの思いや教えを感じていただけましたら幸いです。
第一章 出胎(誕生の夜)
かつて、ヒマラヤの南、迦毘羅衛国(かびらえこく、カピラヴァストゥ、現ネパール)に、釈迦族(しゃかぞく)の王、浄飯王(じょうぼんおう、シュッドーダナ)とその妃、摩耶夫人(まやぶにん)がおられました。
夫人は、出産のために故郷である拘利耶国(こりやこく)へ里帰りする途中、藍毘尼園(らんびにおん、ルンビニー園)という美しい花園で休んでおられました。その時、摩耶夫人は無憂樹の枝に手をかけ、痛みなく、右脇から、輝くような男の子をお生みになりました。
生まれたその子は、すぐに七歩歩まれ、右手で天を、左手で地を指して、こうお告げになりました。「天上天下、唯我独尊。」その姿に、天と地の神々は驚き、花を降らせ、未来の偉大さを感じたのでした。けれども、まだ人々はその意味を知りませんでした。
第二章 四門出遊(王子の目覚め)
時が流れ、王子は悉達多(シッダールタ)と名付けられ、宮殿で何不自由なくお育ちになりました。浄飯王は、世の苦しみを知らぬよう、王子を宮殿の外に出さず、贅沢の中に育てました。
しかし、ある日、王子は御者チャンナとともに四つの門を巡られました。一つ目の門で老いた人を、二つ目の門で病に苦しむ人を、三つ目の門で死者を目の当たりにし、最後の門で静かな修行者の姿をご覧になりました。その時、王子は気づかれました。生きとし生けるものは、誰もが老い、病み、死を迎える。この苦しみから解き放たれる道を求めなければならないと…。
第三章 剃髪(決意の夜)
ある月の美しい夜、王子は愛馬カンタカにまたがり、誰にも告げず、静かに宮殿を離れました。王子は長い黒髪を断ち、耳の飾りを捨て、王族の衣を脱ぎ、修行者の姿となられたのです。こうして、世を捨てた求道者として、すべての人々を救う道を求める旅が始まりました。
第四章 苦行(荒ぶる試練)
その後、王子は六年間、厳しい苦行の道を歩まれました。骨と皮ばかりの身となり、微かな命をつなぐ日々の中、己を極限まで追い詰められました。けれども、ある夜、川辺で倒れた王子は気づかれました。「苦行の道もまた、執着であり、これでは悟りには至らない」と。王子は極端を離れ、真ん中の道を求める決意をなさいました。
第五章 正覚(草座の夜)
やがて王子は、ガンジス川のほとり、菩提樹の下にたどり着かれました。その時、通りがかった一人の農夫が、刈り取った草の束を差し出しました。夜の深い静けさの中、王子はその草を敷き、静かに座られ、深い禅定に入り、悟りへの道を歩まれました。
第六章 降魔(魔王の影)
悟りの寸前、魔王摩羅(マーラ、欲望の化身)は、王子に最後の試練を仕掛けました。欲望、美しさ、恐怖、怒り、あらゆる幻影をもって、王子を惑わせようとしました。しかし、王子は微動だにせず、心を深く沈め、右手を地に触れ大地と一つになって宣言なさいました。「この大地を証として。」すると、大地が鳴動し、摩羅は退散し、ついに無上正等正覚(むじょうしょうとうしょうがく)、すなわち悟りを開かれ、仏陀(ブッダ)となられたのです。
第七章 転法輪(法の車は回る)
悟りを開かれた王子は、仏陀となり、最初の弟子となる五比丘に法を説かれました。「四諦(したい)」「八正道(はっしょうどう)」など、その教えは静かに、しかし力強く、人々の心に浸透していきました。仏法という車輪は、止まることなく、世界へと広がり始めたのです。
第八章 涅槃(静けさの帰路)
晩年、仏陀は、沙羅双樹(さらそうじゅ)の下で、最後の夜を迎えられました。弟子たちに、静かにお告げになりました。
「自らを灯としなさい。法を灯としなさい。」
そのお顔には、穏やかな微笑みが浮かび、すべての苦しみを超えた静けさが満ちていました。沙羅の花が静かに降る中、仏陀は深い涅槃に入られました。その涅槃の静けさは、今も静かに人々の心に響いています。
第九章 森の静けさ
仏陀が残した教えは、今も私たちに語りかけています。そのひとつが、次のような言葉です。「森に住むのは、実に楽しい。世間の人々は、この静けさを良いとは思わないが、欲望を離れた人なら、きっと心からこの静けさを楽しむだろう。それは、彼らが愛や欲にとらわれないからだ。」(法句経 第99偈 由来)欲望を離れ、心静かに生きること。仏陀の教えは、涅槃の後も、この静けさを人々に語りかけています。
音声:なし
作品撮影:すべての作品で可能
青山讃頌舎
春の企画展 「絵本のような絵画展 〜穐月明の絵から始るおはなし〜」
2025年4月19日(土)~ 2025年5月26日(月)
休館日: 火
午前10時~午後4時30分