現代の琵琶湖は滋賀県にありますが、そのルーツは約400万年前の三重県の伊賀市の東部、旧大山田村周辺にあった「大山田湖」にまで遡ります。
〇大山田湖の時代—約400万年前
約400万年前は今よりずっと温暖な気候でした。周辺にはクスノキやアカガシ、メタセコイア、セコイア、スイショウなど、現在の日本ではほとんど見られない樹木が繁茂していました。これらは、現代では中国南部にしか生息しないものが多く、伊賀が当時は亜熱帯的な豊かな森に覆われていたことがわかります。
湖やその周囲には、タニシ類をはじめとする巻貝、水草、藻類、そしてワニやカメ、シカ、さらにはゾウまで生息していました。当時の湖は浅く、小さめで、特に西側ではゾウの足跡化石が見つかるほど。貝類の化石からも、この湖が大陸型の生態系を持っていたことがうかがえます。
特にコイの仲間には、現在日本では見られず中国南部にだけ生き残っている種類もおり、湖の生態系がいかに豊かだったかを物語ります。
一方で、湖に棲む貝類は時代ごとに何度も入れ替わってきたことが、化石の調査からも明らかになっています。長い歴史のなかで、絶滅と生き残り、進化のドラマが繰り返されてきたのです。
〇化石の宝庫
そのような環境にあり、その後に長い年月をかけて形成された地層には、かつてこの地に広がっていた湖や森に生きた動植物たちの痕跡が今も静かに眠っており、伊賀市周辺は現在、絶好の化石採集の地です。
今回、伊賀市ミュージアム青山讃頌舎にて展示されている化石は、この地で活動されている伊賀盆地化石研究会の北田稔さんが、長年にわたり趣味と探究心でコツコツ採集・研究されてきたものです。
〇そもそも化石とは何か?
化石とは、ふつう数千年から数億年前の生き物の体や動きのあとが、自然に地面の中に残されたもので、骨や歯、貝がらなどの本体だけでなく、足あとや巣のあとなどもふくまれます。多くの化石は、地下水にふくまれる成分と少しずつ入れかわって石のように変わっていき(これを鉱物化といいます)、そのままの形で数百万年以上たつと、完全な「化石」と呼ばれる状態になります。こうした完全な化石からは、もとの生き物の情報(DNA)はすでに失われていて調べることはできません。
一方で、数千年から十数万年前くらいの骨は、まだ体の成分が少し残っていることがあり、これは「準化石」とよばれて、うまくいけばDNAを取り出すこともできます。たとえば約1万年前に絶滅したマンモスや、4万年前ごろの原人の骨はこれにふくまれます。
そして、さらに新しい約1万3千〜2千年前の縄文人の骨は、鉱物に変わる前のいわゆる「ふつうの骨」の性質を保っており、今では「人骨資料」として研究に使われています。
このように、化石・準化石・骨のちがいは、見た目だけでなく、どれくらい古いかや中にどんな成分が残っているかによって分けられています。
〇キタダナマズの発見と衝撃
2017年5月5日、北田さんは伊賀市真泥の服部川河床である発見をされます。
約350万〜360万年前の火山灰層のすぐ下に位置する地層で、その化石はコンクリート状の泥質シルト岩(24.3cm×17.3cm)の中に大きさが約12.8cmの頭蓋骨(腹面)や内臓骨、脊椎骨が良好な状態で保存され、化石の背面は複数のイガタニシ殻で覆われていました。
それはナマズの化石で、その体長は、頭蓋骨の大きさから、全長1メートル前後と推定されており、これは現生最大級のビワコオオナマズと同サイズで、まさに「湖の主」と呼ぶにふさわしい大きさでした。その化石が見つかった地層は、古琵琶湖層群の「上野層」。そのすぐ上の地層には、約360万年前に噴火した火山の火山灰層が堆積しており、その少し前の時代に生きていたことがわかります。そのナマズは後に発見者の北田さんにちなんで「キタダナマズ」と命名されます。
〇キタダナマズと現在日本に生息するナマズの関係
日本在来種で、現在でも日本に生息しているナマズは、以下の4種が挙げられます。
マナマズ(Silurus asotus):日本全国の川や湖沼に広く分布する、もっとも身近な在来種。「ナマズ」や「ニホンナマズ」と表記されることも多いです。体長は50〜80cmほどが一般的ですが、まれに1mを超える個体もいます。
ビワコオオナマズ(Silurus biwaensis):日本最大級の淡水魚で、1mを超え最大1.5m近くまで成長します。琵琶湖の固有種であり、琵琶湖本湖のほか、琵琶湖に接続する河川にも分布しています。
イワトコナマズ(Silurus lithophilus):琵琶湖とその周辺の一部水域にのみ分布する固有種。体長は50cm前後が一般的です。
タニガワナマズ(Silurus tomodai):近畿地方東部(主に三重県、愛知県、岐阜県などの山間部)の渓流や中小河川に分布する日本固有種。体長は50cmほどです。
キタダナマズの化石の特徴を見てみると、骨の前方部にある「ハ」の字形の歯板や側篩骨、歯骨、下咽頭骨、舌顎骨などの形状から、ビワコオオナマズそのものではないことがわかり、その特徴はイワトコナマズやタニガワナマズの共通祖先に近い形状を持っているとのことです。
DNAの系統解析によると、1300万年前にビワコオオナマズと他のナマズ類の共通祖先に分岐し、さらに970万年前にマナマズとイワトコナマズ、タニガワナマズがその共通祖先が分岐したとされています。
分岐するというのは現生の生物系統がDNA解析によって枝分かれした時期を指しており、そのタイミングで現生種の姿になったというわけではなく、実際にはその後、環境や地域によって少しずつ現生種へと進化していったことを意味しています。したがって、約400万年前の地層から発見されたキタダナマズの化石は、分岐後約500万年が経過した「途中段階」の祖先的な姿を持つ個体であり、イワトコナマズやタニガワナマズなど現生種になるまでの進化の道筋を示す上で貴重な存在であり、日本列島のナマズの進化をつなぐ「証人」となっております。
〇まとめ—太古の記憶がつなぐもの
大山田湖の時代、伊賀の地は豊かな自然と命があふれる「湖の国」でした。キタダナマズの化石は、その記憶を今に伝えるタイムカプセルのような存在です。数百万年を経て、私たちが手にできるのはわずかな「かけら」かもしれませんが、化石が語る物語を通して、私たちは太古の地球とつながることができるのです。
伊賀市ミュージアム青山讃頌舎のこの特別展示を訪れて頂いた時には、ぜひキタダナマズの頭蓋骨化石の前で、数百万年前の湖のほとりに立つ自分を想像してみてください。大地の奥深くからよみがえる命の響きに、きっと耳を澄ませたくなるはずです。
音声:なし
作品撮影:すべての作品で可能
伊賀市ミュージアム青山讃頌舎
特別展「化石が語る太古の世界」
2025年6月7日(土)~ 2025年7月6日(日)
休館日:火曜日
午前10時 ~ 午後4時30分