青山讃頌舎 「四季折々」 ~水墨画家が織りなす季節の風景~

三重県伊賀市の青山讃頌舎(あおやまうたのいえ)。ここを訪れるのは2回目です。水墨画家の穐月明氏が設立した美術館であり、前回は穐月氏と陶芸家の新歓嗣氏とのコラボ展を開催されていましたが、今回は穐月氏の作品を展示するコレクション展「四季折々 穐月明の花と木と」が開催されています。

展示のテーマは「四季折々」。穐月氏の「自然の美しさ」をあるがままに表現した、各季節を想起させる木々や花々、動物等が描かれた作品が展示されていました。それらの作品を紹介したいと思います。

まずは春を代表する花の「桜」。この作品「桜花」は「落花して すべての花の 地に還る」という句が添えられ、風に舞いながら散っていく桜の様子が描かれています。桜は散り始めるとあっと言う間に花びらがなくなり、その姿に「無常観」や「儚さ」、「美しさ」を感じさせますが、同時に物悲しい気持ちも想起させます。この作品はそのような風景を感じさせますが、穐月氏の描かれるやさしい字体がそれを和らげてくれるように感じます。

 

 

この作品「枝垂れ桜」は、大きな満開の枝垂れ桜の下で村人と僧侶が毛氈を敷いて座っています。村人の中に平伏している人がいるので僧侶の法話を聞いている場面でしょうか?書かれている句は「一心敬禮十方法界常住法」。意訳すると「心を一つにして敬い、あらゆる世界においても変わることなくまします、御仏の教えに礼拝致します」。春の日の風景の中に「人々の信心」と「仏心の広がり」を感じさせられます。

 

作品「猫・揚羽蝶」。画面全体がモノクロのため少しわからりにくいですが、後ろに咲いている花は「菜の花」です。花の名前がわかってしまったのでその花の「黄色」に気がついてしまいましたが、それを知らなければその花の色は特定できず、何色にも見えてきます。それが水墨画や版画作品など、モノクロで仕上げられる作品が持つ魅力でもあります。
黄色に彩られた菜の花畑をフワフワと飛ぶ揚羽蝶(アゲハチョウ)。あなたは何色に見えますか?

 

まん丸の瞳に丸い体。何とも愛らしい仔犬が描かれた作品「犬の仔」。仔犬の周りには新芽を出したばかりのゼンマイが描かれており、新緑の季節とこれからどんどん成長していく仔犬とイメージが重なります。仔犬が見つめている先にいるのは、母犬か?それとも飼い主でしょうか。

 

扇状の画面の中に蛙の泳ぐ蓮池の様子が描かれた作品「蓮蛙図」。
「朝風や 吹き立ちぬらし 白露の 玉ゆりこぼす 池の蓮葉」という短歌が添えられ、「朝の風が吹き始めて、白露が玉のように転がり落ちていく。まるで真珠を池の蓮葉の上からこぼすように」くらいの意味でしょうか。夏の朝の蓮池の情景を強く感じさせてくれる一句であり、白露が蛙のいる蓮池に落ちる水音も聞こえてきそうです。

 

 

作品「行水仔犬」。夏の日差しが照り付ける朝顔の咲く庭先でたらいを置いて、子どもとお母さんが行水をしており、その様子を仔犬も覗いています。
書かれている漢詩は「春花秋葉雲騰 鳥飛皆吾蔵中」。「春には花が咲き、秋には葉が散る。雲は天に立ち昇り、鳥は空を舞う。自然のすべては、私の心の中に蓄えられ、深く味わうことができるのだ。」ぐらいの意味でしょうか。普段の日常の中にある何気ない一瞬こそがもっとも大切で愛おしい瞬間であることを教えてくれる作品です。

 

作品「神木の大銀杏」。どこかの神社にあるご神木でしょうか。画面いっぱいに紅葉し黄色くなった大きな銀杏が描かれています。カエデの紅葉のように赤く色づく木々も美しいですが、銀杏のような目の覚めるような黄色の紅葉もまた秋の季節の美しさを我々に伝えてくれます。

 

 

作品「南天の実」と作品「白椿」。冬になる実と早春に咲く花を中心に描いており、共に寒い時期の物なのに、夏の暑い時期を想起させる金魚も画面の中に描かれています。「南天の実」に書かれている詩は「不除庭艸留生気 愛養金魚知化機」。「庭の草をむやみに取り除かずにいると、命の息吹が感じられる。金魚を愛情をもって育てることで、自然の営みの不思議を理解することができる」ぐらいの意味でしょうか。
すべてを整えすぎるのではなく、自然のままにしておくことで生命の流れや季節の移り変わりを感じ、そこから大切な学びを得ることができるという想いから描かれたのかも知りません。

今回の展示も、穐月氏のやさしい画風の作品に触れることができ、また同時に日常に溢れていて、普段、気にかけていないものにこそ、愛おしく、また大切なものがあることを教えて頂きました。

皆さんもぜひ会場でご覧ください。

穐月 明 (あきづき あきら、1929年~2017年)
1929年、高野山大学の教授だった穐月聖憲の末子として高野山で生まれ、4歳の時に父の郷里の愛媛県西条市の実報寺に帰り、少年時代を過ごします。京都市立美術大学(現京都市立芸 術大学)では油絵と日本画を習得しますが、卒業間際に中国清朝の文人画家「金冬心」の画集に出会ったことで独学で水塁画に転向します。大学を卒業後、師に付かず、弟子を取らず、派閥に属さず、ほぼ個展だけで作品を発表し続けることで人気を得て行きました。
52歳の時、伊賀青山の地に移住。85歳の時「青山讃す頃舎美術館日月舎」を建て、作品の公開を始めましたが、2017年、87歳で生涯を開じました。


音声:なし
作品撮影:すべての作品で可能

青山讃頌舎
春の通常展 「四季折々 穐月明の花と木と」
2025年3月1日(土)~4月10日(日)
休館日: 火
午前10時~午後4時30分