「特別展 大和の美 古都を彩った絵師たちの競演」③ 奈良の絵レポート

奈良県立美術館で開催されている「特別展 大和の美 古都を彩った絵師たちの競演」には、奈良ゆかりの絵画作品が展示されています。ここでは奈良の風景や伝説等を題材にした作品や日本洋画の旧派(明治美術会太平洋画会系、脂派)、新派(白馬会系、紫派、外光派)の作風の違いを紹介します。

〇「村の子供達」(大正5(1916)年) 松岡 正雄 カンヴァス・油彩 宇陀市 蔵
夏に作者が東京から帰省した際に制作した作品です。野山に囲まれた田舎の田園風景を背景に、近所の子どもたちをモデルに描いており、制作当時のこの地域の暮らしぶりを伺うことができます。また光と影のコントラストがはっきりと表現されており、真夏の暑さが伝わってきます。作者の松岡正雄(まつおか まさお 雅号:太和 たいわ 1894-1978)は奈良県の山間部にある宇陀郡(現 宇陀市)の出身。奈良師範学校(現奈良教育大学)を卒業後、東京美術学校の図画師範科及び彫刻科に進学し、後に「彩漆画」の開発と創作に取り組みました。(参考HP:Taiwa Matsuoka Museum

〇「二月頃の風景」(昭和4 (1929) 年) 遠山 八二 カンヴァス・油彩 奈良県立美術館 蔵
奈良正倉院の北側から西側を遠望した農家の裏庭の風景。 二月の冷えて寒々とする空気感や空の澄んだ青、農家の屋根や壁面の様々な色彩が画面を構成しており、静かな奈良の街の冬の様子を感じることのできる作品です。作者の遠山八二 (とおやま はちじ 1902-1941)は三重県出身。大正15 (1926) 年に東京美術学校師範科を卒業した後、奈良中学校 (現 奈良高校) の初代美術教師となり昭和6 (1931) 年まで勤務。その後、奈良美術家連盟の創立等、奈良県下の美術教育・美術振興に尽力しました。

〇「我が村と軍鶏」(昭和15 (1940) 年) 山下 繁雄 カンヴァス・油彩 奈良県立美術館 蔵
生涯軍鶏を描き続け「軍鶏の画家」と呼ばれた山下繁雄(やました しげお 1883-1958)の作品です。奈良市郊外の白毫寺近郊の農家での一場面であり、中央には堂々たる姿の軍鶏が描かれています。この作品の持つ情緒感のある写実の描写は旧派(明治美術会・太平洋画会系、脂派)の特徴であり、彼も画家のキャリアの初めに太平洋画会が設置した太平洋画会研究所で学んでいます。「平城画工」と称して活躍し、大阪美術研究会や奈良美術家連盟、奈良県美術協会の創立に参加するなど、奈良を中心に関西の美術振興に尽力しました。

 

〇「晩秋」 (明治45(1912)年) 中村 勝治郎 カンヴァス・油彩 奈良県立美術館 蔵
木々が色づき始める晩秋の庭先。日だまりの下で、居眠りをするかわいらしい猫の姿も見えるやさしい風景画です。作者の中村勝治郎(なかむら かつじろう 1866-1922)は奈良市出身の画家です。京都で絵画を学んでいた時にフランス留学より帰国したばかりの黒田清輝久米桂一郎らに出会い、後に東京美術学校(現東京藝術大学)の西洋画科に務め、彼らと新派の美術団体「白馬会」を結成しました。この作品は作者が晩年に制作したもので、新派の明るく光に満ちた画風が強く反映されており、庭先に降り注ぐ光はどこまでもやさしく、また美しく表現しています。またこの作品の額縁に「ゴールド色」が使用されていることも、作品の光の表現にうまく作用しているように感じました。これまではあまり作品の額縁等には意識が行きませんでしたが、それが持つ効果についても今後は意識する必要がありそうです。

〇「誘惑」 (昭和29 (1954) 年) 中澤 弘光 カンヴァス・油彩 奈良県立美術館 蔵
一言主神の母である魔女が、絶世の美女となって修行の旅から戻ってきた修験道の開祖、役行者を堕落させようとする場面が描かれている作品。その場面が臨場感豊かに表現されています。作者の中澤弘光 (なかざわ ひろみつ 1874-1964)は、坪内道遙の戯曲「役の行者」にその着想を得てこの作品を制作し、役行者ゆかりの奈良・吉野へ赴き、現地の風景や蔵王権現、孔雀明王などの画像や彫刻を取材したとのこと。彼は明治29 (1896) 年に東京美術学校の西洋画科に入学し、黒田清輝に師事。白馬会の結成にも参加しています。その画風は明るく、画面中央上部に描かれている孔雀明王を中心に光に満ちた構成であり、新派の作風の影響を強く受けています。

(参考:UAG美術家研究所 画人伝・奈良)

ぜひ、奈良県立美術館に足をお運びいただき、実物をご覧ください。

(「特別展 大和の美 古都を彩った絵師たちの競演」 了 )


音声ガイド:なし
作品撮影:特定の作品で可能
図録:650円

奈良県立美術館
特別展 大和の美 ~古都を彩った絵師たちの競演~
2025年1月18日(土)~ 3月9日(日)
休館日:月曜日(ただし、2月24日、3月3日は開館)、2月25日(火)