「特別展 大和の美 古都を彩った絵師たちの競演」① 鹿の絵レポート

奈良県立美術館で開催されている「特別展 大和の美 古都を彩った絵師たちの競演」には、奈良ゆかりの絵画作品が展示されています。ここでは奈良のシンボル「鹿」を取り上げた作品を紹介します。

〇「十二月鹿図屏」(江戸時代(19世紀)紙本着色 六曲一双) 内藤 其淵  宇賀志屋文庫 蔵
様々な鹿を、季節の様子とともに描いており、各月ごとに左右12面、六曲一双の屏風に貼り合わせています。元々は奈良の町屋で飾られていたもので、さまざまな姿の鹿を実際に観察し、それに基づいて描写している「奈良らしい」作品。
作者の内藤其淵(ないとう きえん 生没年不明 19世紀前半頃に活躍)は、鹿のあらゆる生態を観察し、四季折々に変化を見せる鹿の姿を残しています。当時、猿沢池の畔にあった「小刀屋」という旅館で、彼が描いた鹿の衝立を本物と見誤ったオス鹿が突き破って壊したという逸話が残っています。

〇「群鹿図」 (江戸時代(19世紀)紙本着色 一幅)  森川 杜園 個人蔵
鹿のオスメス、親子、夏毛冬毛(鹿は夏と冬で完全に体毛が生え変わり、夏毛は明るい茶色に白い斑点があり、冬毛はこげ茶色をしています)と、様々な姿や仕草の鹿が画面上に大胆に配置されています。実際に鹿の群れを観察した成果と、作者の森川杜園 (もりかわ とえん 1820-1894) は師匠の内藤其淵の粉本(手本)学習の成果から、この作品は生み出されました。
また彼は彫刻家として著名な人物です。はじめ内藤其淵に絵を学び、後に奈良人形の技法を芸術の域にまで高め、「奈良一刀彫」を創始しました。

(参考)奈良一刀彫:森川杜園「鼠置物」、中條良園「春日龍神」(共に奈良県立美術館 蔵)

〇「千疋鹿」 (江戸時代(19世紀)紙本着色 一幅)  堀川 其流  宇賀志屋文庫 蔵
画面を埋め尽くす、鹿、鹿、鹿。とんでもない数の鹿が描き込まれています。タイトルは「千疋鹿」。実際、1000頭近い鹿が画面に描き込まれており、現在、奈良公園に生息する鹿の頭数も約1200頭ですので、それと同数の鹿を描き込んだといっても良い作品です。森川杜園の作品と同じく、鹿のオスメス、親子、夏毛冬毛、そして鹿の様々なポーズなどを細やかに捉え、躍動感があふれる作品に仕上げています。
作者は堀川其流(ほりかわ きりゅう 1825-1911)。彼もまた内藤其淵に師事しており、森川杜園とは兄弟弟子になります。彼の詳しい経歴は不明ですが、本作品のような五百疋鹿や千疋鹿を得意としていたようです。
内藤其淵、森川杜園、堀川其流。紹介した三人とも19世紀に奈良で活動し、鹿を見つめ続けた作家達です。

〇「水辺の鹿」(昭和7(1932)年 カンヴァス 油彩) 浜田 葆光  (奈良県立美術館 蔵)
ここは奈良公園?冬枯れの草地で水を飲むメス鹿とその隣で周囲を警戒しているオス鹿。メス鹿のお腹の様子を見ると妊娠しているようで、温かくなれば子鹿が誕生するでしょう。それを象徴するかのように水辺では新芽も芽吹きだしています。生命や自然の神秘を探求した作者晩年の作品です。
浜田葆光(はまだ ほこう 1886-1947)は太平洋画会研究所で洋画を学び、1916年に奈良へ移住。奈良公園の風景や鹿に題材を求め、二科展を中心に作品を発表しました。

「鹿、青春、光り、交叉」(大正9(1920)年 カンヴァス 油彩) 普門 暁 (奈良県立美術館 蔵)
今まで紹介してきた作品とは、まったく異なる雰囲気を醸し出しています。画面全体がトゲトゲしく、描かれている頭は「鹿」というより獰猛な「ドラゴン」のような印象を持ちます。このダイナミックでスピード感溢れる線描は当時最先端の前衛芸術である未来派の特徴。
作者の普門暁(ふもん ぎょう 1896-1972)はわが国における前衛美術運動のさきがけをなす「未来派美術協会」の首唱者として知られる奈良市生まれの画家。20世紀初頭にイタリアを中心として起こった前衛芸術運動の未来派は、伝統的な芸術と社会を否定し、新時代にふさわしい機械美やスピード感、ダイナミズム(力強い動き)を求めました。

ぜひ、奈良県立美術館に足をお運びいただき、実物をご覧ください。

「特別展 大和の美 古都を彩った絵師たちの競演」②へ続きます。)


音声ガイド:なし
作品撮影:特定の作品で可能
図録:650円

奈良県立美術館
特別展 大和の美 ~古都を彩った絵師たちの競演~
2025年1月18日(土)~ 3月9日(日)
休館日:月曜日(ただし、2月24日、3月3日は開館)、2月25日(火)