第78回 正倉院展2026 徹底紹介|展示・見どころ・宝物・チケット・日程

2026年10月24日から、奈良国立博物館で「第78回 正倉院展」が開催されます。

今年は、1946年に第1回正倉院展が開催されてから80年。60件の宝物が出陳され、そのうち11件が初出陳となります。2026年を代表する宝物は、西方に由来する器形と東アジアの漆工技術が結びついた《漆胡瓶》。そのほか《白瑠璃瓶》《鳥獣花背方鏡》など、正倉院らしい国際色豊かな宝物が並びます。

しかし、今年の正倉院展を「シルクロードの宝物を見る展覧会」だけで終わらせるのは、少しもったいないと思います。62年ぶりに公開される《伎楽面 酔胡王》、古代の暮らしを伝える《藺筵》、そして長く「龍」として伝えられてきた《虹龍》。

そこから見えてくるのは、美しい工芸品だけではありません。器を使い、碁で遊び、仏に祈り、面をつけて演じ、筵を敷いて暮らした人々がいました。そして後世の人々もまた、正倉院の宝物を見て、そこに新しい物語を重ねてきました。

正倉院に残ったのは、美術品だけではない。

2026年の正倉院展では、約1300年前の「生きた世界」を宝物からたどってみたいと思います。

第78回 正倉院展2026 開催概要

展覧会名 第78回 正倉院展
会期 2026年10月24日(土)~ 2026年11月9日(月)
会場 奈良国立博物館 東新館・西新館
公式サイト https://shosoin-ten.jp/
(奈良博)https://www.narahaku.go.jp/exhibition/special/special_exhibition/202610_shosoin/
出品リスト こちらから
休館日 会期中無休
開館時間 午前8時 ~ 午後6時 ※金・土・日曜日、祝日は午後8時まで ※入館は閉館の60分前まで
観覧料 一般 2,000円、高大生 1,500円、小中生 500円
入館方法 原則として日時指定券
出陳件数 60件
初出陳 11件
その他 チケットは原則として日時指定制です。
購入方法や予約なしで入れるか、混雑しやすい時間帯については記事後半で詳しく紹介します。

そもそも正倉院とは?何がすごい?

正倉院について、「古い宝物がたくさん残っている場所」というイメージを持っている人も多いかもしれません。しかし、その規模は想像以上です。

正倉院には、聖武天皇ゆかりの品をはじめ、仏教関係品、楽器、武器、調度品、染織品、文書など、約9000件もの宝物が伝えられています。

大きな契機となったのが756年。聖武天皇が亡くなった後、光明皇后が聖武天皇の愛用した品々を東大寺の大仏へ献納したことに始まります。

ただし、正倉院にあるものすべてが聖武天皇の持ち物だったわけではありません。その後、東大寺の法会で使われた品や造東大寺司に関係する品、宮中の儀式に用いられたものなど、さまざまな由来を持つ宝物が加わりました。

そして、それらが約1300年という時間を超えてまとまって伝わっている。これこそが正倉院の大きな価値だと思います。

美しい宝物を見るだけでなく、奈良時代の衣食住、宗教、芸能、外交、技術、文字、そして人々の日常生活まで知ることができる。正倉院は巨大な「奈良時代のタイムカプセル」と考えると、そのすごさが少し分かりやすくなります。

正倉院そのものの歴史や校倉造、宝物がどのように守られてきたのかについては、
「正倉院とは?|歴史・校倉造・宝物・勅封をわかりやすく解説」で詳しく紹介しています。

2026年の正倉院展は何が見どころ?

奈良国立博物館は、2026年の正倉院展について「平城京の時代を生きた人々の息づかい」を感じられるものとしています。この言葉は、今年の出陳品をかなりよく表しています。

海を越えて伝わった文化、聖武天皇の身辺に置かれた品、仏教の祈り、寺院で演じられた芸能、そして人々の日常生活。

一見すると別々の宝物ですが、どれも奈良時代を生きた人間の営みにつながっています。
ここからは、2026年の正倉院展で特に注目したい宝物を見ていきます。

 《漆胡瓶》―― 海を越えて奈良へ届いた形

2026年の正倉院展を代表する宝物が、北倉に伝わる《漆胡瓶》(北倉43)です。

第78回正倉院展2026に出陳される《漆胡瓶》(北倉43)のイメージイラスト756年に光明皇后が献納した際の目録『国家珍宝帳』にも記されている聖武天皇ゆかりの品で、高さは41.3センチあります。

把手を持つ水差し「胡瓶」の形は西アジアに由来し、その器形を用いながら、黒漆の表面に草花、シカ、オシドリ、山岳などの形に切った銀の薄板を貼り付けています。銀板の装飾には唐代に流行した技法が使われており、現在では唐から日本へもたらされた可能性が高いと考えられています。

「正倉院はシルクロードの終着点」とよく言われます。しかし《漆胡瓶》の面白さは、「ペルシアの水差しがそのまま奈良へ運ばれてきた」という単純な話ではありません。

西方で生まれた形が東へ伝わり、唐の工芸文化の中で再構成され、さらに奈良へ届く。一つの器の中に、ユーラシアを移動してきた文化の時間が重なっています。

そして忘れてはいけないのは、これが本来「使うための器」だったことです。展示ケースの中では完成された美術品に見える《漆胡瓶》も、かつては誰かが手に取ることを前提として作られていました。

世界史の大きな移動と、一人の人間が器を手にする小さな動作。

正倉院宝物では、その二つが同じ場所にあります。

(画像)《漆胡瓶》(北倉43) 正倉院宝物をもとにしたイメージイラスト/art-voyage作成(生成AI使用)

《白瑠璃瓶》《鳥獣花背方鏡》―― 奈良に集まった世界

《漆胡瓶》とあわせて見たいのが、《白瑠璃瓶》(中倉69)と《鳥獣花背方鏡》(南倉70)です。

第78回正倉院展2026に出陳される《鳥獣花背方鏡》(南倉70)のイメージイラスト《白瑠璃瓶》はガラスで作られた水瓶で、《鳥獣花背方鏡》は葡萄唐草や鳥、蝶、蜂、霊獣などを精緻に表した方形の鏡です。また《鳥獣花背方鏡》については、科学調査によって唐からもたらされた品であることも分かっています。

2026年の正倉院展では、この3件が国際色豊かな宝物を象徴する作品として紹介されます。
海外から届いた珍品を見るだけではありません。形はどこから来たのか。文様はどのように伝わったのか。どこで作られ、どうやって奈良まで来たのか。

正倉院を見る面白さは、物そのものだけでなく、その背後にある「移動の歴史」にあると思います。

(画像) 《鳥獣花背方鏡》(南倉70) 正倉院宝物をもとにしたイメージイラスト/art-voyage作成(生成AI使用)

《紅牙撥鏤碁子》―― 聖武天皇も「遊んだ」

《紅牙撥鏤碁子》(北倉25)は、象牙を赤く染め、表面を彫ることで文様を浮かび上がらせた小さな碁石です。直径はわずか1.5~1.7センチほどで、鳥の文様を彫り出し、さらに緑色や黄色を加えた非常に精巧な品です。

第78回正倉院展2026に出陳される《紅牙撥鏤碁子》(北倉25)のイメージイラスト『国家珍宝帳』に記された聖武天皇ゆかりの宝物で、今年は紺色に染められた《紺牙撥鏤碁子》も展示されます。

聖武天皇という名前から思い浮かぶのは、東大寺大仏の造立や国分寺建立でしょう。しかし、その身辺には碁を打つための道具もありました。

国家を動かした天皇にも、盤を囲む時間がある。正倉院宝物の魅力の一つは、歴史上の人物を「教科書の人物」のまま終わらせないところにあります。

わずか数センチの碁石からでも、1300年前に生きた人々の日常の時間を想像できます。

(画像)《紅牙撥鏤碁子》(北倉25) 正倉院宝物をもとにしたイメージイラスト/art-voyage作成(生成AI使用)

《梵網経》《密陀彩絵箱》《金銅幡》―― 祈りは静かなものではなかった

正倉院には、仏教に関係する宝物も数多く伝わっています。

第78回正倉院展2026に出陳される《密陀彩絵箱》(中倉143)のイメージイラスト今年出陳される《梵網経》(中倉34)は、菩薩が守るべき戒律を説いた経典です。格調高い書に加え、巻頭には紫色の紙へ金銀泥で花や山水が描かれています。奈良時代の装飾経を考えるうえでも興味深い一巻です。

さらに、鳥獣文などが描かれた《密陀彩絵箱》(中倉143)、31年ぶりに公開される《金銅幡》(南倉156)にも注目したいところです。

第78回正倉院展2026に出陳される《金銅幡》(南倉156)のイメージイラスト《金銅幡》は長さ約170センチ。金属板には花唐草や亀甲、花、双鳥などが透彫で表され、多くの小さな鈴が取り付けられています。

現在は展示ケースの中で静止しています。しかし、本来の寺院では違いました。幡が動けば金属は光を反射し、取り付けられた鈴も音を立てます。そこには読経があり、香りがあり、音楽があり、光を受けて動く荘厳具がありました。

仏教美術を「静かな展示室で見るもの」と考えていると、奈良時代の宗教空間を少し見誤ります。《金銅幡》を見ることは、失われた寺院の空間を想像することでもあります。

(画像)《密陀彩絵箱》(中倉143) 正倉院宝物をもとにしたイメージイラスト/art-voyage作成(生成AI使用)
《金銅幡》(南倉156) 正倉院宝物をもとにしたイメージイラスト/art-voyage作成(生成AI使用)

《伎楽面 酔胡王》―― 面は残った。しかし身体は消えた

2026年の正倉院展で、特に注目したい宝物の一つが《伎楽面 酔胡王》(南倉1)です。

第78回正倉院展2026に出陳される《伎楽面 酔胡王》(南倉1)のイメージイラスト前回の出陳は1964年。実に62年ぶりの公開となります。伎楽は大陸から伝わり、飛鳥時代から奈良時代にかけて寺院を中心に演じられた仮面芸能です。酔胡王は、西方の異国人を思わせる大きな目や高い鼻を持ち、従者を引き連れて酒宴を演じる役柄です。

面の高さは39.2センチ。顔を覆うにはかなり大きな面ですが、実際に演者が身につけるため、軽いキリ材から作られています。

ここで、この面を「彫刻」としてだけ見るのをやめてみます。かつて、この面の後ろには人間がいました。面を被り、装束を身につけ、歩き、踊り、異国の酔った王を演じていました。

しかし、伎楽はその後衰退します。それでも、面は1300年近く残りました。けれど、その面を身につけて動いた身体は残っていません。現在行われている伎楽の復元は、残された面や装束、文献、音楽資料などから再構成されたものです。古代の演技そのものが途切れることなく伝えられてきたわけではありません。

《酔胡王》は完成された彫刻であると同時に、失われた芸能の残像でもあります。

展示ケースの中に残された一つの面から、かつて寺院の境内を歩き回った異国の王を想像する。

2026年の正倉院展で、個人的に最も楽しみにしている宝物です。

(画像)《伎楽面 酔胡王》(南倉1) 正倉院宝物をもとにしたイメージイラスト/art-voyage作成(生成AI使用)

《藺筵》―― 美術史には残りにくいもの

《藺筵》(南倉151)は、イグサを織って作られた敷物です。前回の出陳は1968年。58年ぶりの公開となります。長さ261センチ、幅29センチという細長い形をしており、周囲には緑色の絹による縁取りがあります。

宮内庁正倉院事務所では近年、正倉院に残る筵類について素材や製作技法などの特別調査を行っており、2026年展ではその成果に関係する宝物が公開されます。

《漆胡瓶》や《白瑠璃瓶》のような華麗な宝物と比べれば、地味に見えるかもしれません。しかし人間は、美術工芸品だけに囲まれて暮らしているわけではありません。

床や台に何かを敷き、その上に座り、日々を過ごす。

そうした当たり前の行為に使われた品まで1300年近く残っている。正倉院のすごさは、最高級の工芸品だけではなく、こうした「生活の痕跡」まで同じ宝物群の中に残されているところにもあります。

《虹龍》――正倉院に残った「龍」の正体

そして2026年、最も変わった宝物が《虹龍》(南倉174)でしょう。名前だけを見ると、龍をかたどった工芸品のように思えます。しかし、その正体はニホンテンのミイラです。

正倉院の《虹龍》(南倉174)を龍としてイメージした創作イラスト1429年、室町幕府6代将軍・足利義教が香木・蘭奢待を切り取った際、「竜日干」を見たという記録が残されています。さらに、この龍がいるため「正倉院の扉を開けると雨が降る」という伝承まで生まれました。

近年の研究では、体型や指の数、歯の特徴などからニホンテンと判明し、雌である可能性が高いとされています。明らかな人為的加工の痕跡は確認されていません。

たまたまテンが正倉院内へ入り込んで自然に乾燥したのか、すでに存在していたミイラを人間が「龍」と見立てて正倉院へ納めたのかは、今も分かっていません。

また《虹龍》が面白いのは、奈良時代の宝物ではないところです。正倉院は756年で時間が止まった場所ではありません。室町時代の人間もそこへ入り、物を見て、意味を与え、「龍」という物語を作りました。

つまり正倉院には、奈良時代の歴史だけでなく、その後1300年にわたって人々が正倉院をどう見てきたのかという「記憶の歴史」まで積み重なっています。

(画像)《虹龍》(南倉174)から着想したイメージイラスト/art-voyage作成(生成AI使用)

今回出陳されない宝物も含め、正倉院を代表する名品をまとめて見たい方は、
「正倉院宝物とは|一度は見たい有名な宝物15選」もあわせてご覧ください。

正倉院に残ったのは「美しいもの」だけではない

2026年の正倉院展を歩いていくと、さまざまな人間の行為が見えてきます。

《漆胡瓶》を使う。《紅牙撥鏤碁子》で遊ぶ。《金銅幡》を掲げて祈る。《伎楽面 酔胡王》を身につけ、別の人物を演じる。《藺筵》を敷いて暮らす。そして《虹龍》を見て、「龍」だと語り継ぐ。

こうして見ると、正倉院は「シルクロードの宝物庫」という言葉だけでは収まりません。そこには、物に触れながら生きた人間の営みが残されています。

1300年前の宝物を見る。それは同時に、その宝物のそばにいた人間を想像することでもあります。

第78回正倉院展では、展示ケースの中に置かれた「名品」だけではなく、その向こうにあった平城京の世界までたどってみてはいかがでしょうか。

※本記事に掲載した一部の宝物画像は、正倉院宝物を理解するためにart-voyageが生成AIを用いて作成したイメージイラストです。実物の形状・色彩・細部を正確に再現したものではありません。

正倉院展2026のチケットはいくら?

2026年の正倉院展は、基本的に入館時間を指定する「日時指定券」で入場します。

観覧料は一般2,000円、高校・大学生1,500円、小学生・中学生500円です。

通常の奈良国立博物館では70歳以上が無料となりますが、正倉院展では70歳以上も一般2,000円の日時指定券が必要なので注意してください。

夕方には「レイト割」も設定されています。月曜日から木曜日は午後4時以降、金・土・日曜日と祝日は午後5時以降が対象で、一般1,500円、高大生1,000円、小中生は無料となります。

混雑を避けながら料金も抑えたい場合は、レイト割の時間帯も有力な選択肢です。

正倉院展2026のチケット販売はいつから?購入方法は?

2026年の正倉院展の日時指定券は、9月4日(金)午前10時から販売されています。ローソンチケット、展覧会オンラインチケット、美術展ナビチケットアプリなどから購入できます。

日時指定券を購入するときには、入館する時間帯を選びます。ただし、指定されているのは「入館時間」です。入館後の鑑賞時間に制限が設けられているわけではありません。

時間に追われて展示を回る必要はなく、会場に入ってからは自分のペースで鑑賞できます。

正倉院展は予約なしでも入れる?

2026年の正倉院展は日時指定券による入場が基本ですが、空きがあれば観覧当日でも各時間枠の開始時刻までオンラインで日時指定券を購入できます。奈良国立博物館の特設窓口でも当日券が販売される場合がありますが、一般2,200円、高大生1,700円、小中生700円と、通常の日時指定券より200円高くなります。

ただし、希望する時間帯がすでに完売している可能性があります。特に土日祝日や午前中など、人気の時間帯を希望する場合は、事前に日時指定券を購入しておく方が確実です。

訪問日が決まっている場合は、事前購入しておくと安心でしょう。

正倉院展は混雑する?おすすめの時間帯

正倉院展は奈良の秋を代表する展覧会だけに、混雑も避けにくいところがあります。

奈良国立博物館では、過去の状況から午前中から午後3時ごろまで、入場待ちや会場内の混雑が予想されると案内しています。

比較的ゆっくり鑑賞したい場合は、午前8時台の早朝、あるいは夕方以降が候補になります。

特に金・土・日曜日と祝日は午後8時まで開館するため、夕方から夜にかけて正倉院展を見ることもできます。

今年はレイト割もあるため、「混雑を避けたい」「料金を少し抑えたい」という人には、夕方の鑑賞が使いやすいでしょう。筆者もこれまで夕方以降に鑑賞した際、日中より落ち着いて見られたことが多くあります。時間に余裕がある場合は、遅めの時間帯もおすすめです。

正倉院展2026 よくある質問

正倉院展は予約なしでも入れますか?

当日の入館枠に空きがあれば、奈良国立博物館の特設窓口でも日時指定券を購入できます。ただし人気の時間帯は完売する可能性があるため、事前購入が確実です。

2026年の正倉院展はいつからいつまで?

2026年10月24日(土)から11月9日(月)までです。会期中は無休です。

正倉院展2026のチケットはいくら?

一般2,000円、高大生1,500円、小中生500円です。70歳以上も一般の日時指定券が必要です。
夕方にはレイト割があり、一般1,500円、高大生1,000円、小中生は無料になります。

正倉院展のチケットはいつから販売されていますか?

2026年9月4日(金)午前10時から販売されています。ローソンチケット、展覧会オンラインチケット、美術展ナビチケットアプリなどから購入できます。

正倉院展は混雑しますか?

午前中から午後3時ごろまで混雑が予想されています。比較的ゆっくり鑑賞したい場合は、午前8時台の早朝または夕方以降が候補になります。

正倉院の「龍のミイラ」の正体は?

2026年に出陳される《虹龍》です。長く龍として伝えられてきましたが、近年の研究によってニホンテンのミイラと判明しました。雌である可能性が高いとされています。

正倉院の何がすごいのですか?

聖武天皇ゆかりの品だけでなく、工芸品、染織品、楽器、仏教関係品、文書、生活用品など約9000件もの宝物がまとまって伝わっており、奈良時代の美術だけでなく、宗教、外交、技術、音楽、生活などを知るための歴史資料としても重要です。

正倉院の宝物は国宝なのですか?

正倉院の宝物そのものは、原則として国宝や重要文化財には指定されていません。
これは価値が低いからではなく、宮内庁の管理のもとで保存され、文化財保護法による指定制度とは別の形で守られてきたためです。一方、宝物を伝えてきた正倉院正倉の建物そのものは国宝に指定されています。

正倉院の宝物は誰が集めたのですか?

すべてを一人の人物が集めたわけではありません。
大きな柱となったのは、756年に光明皇后が亡き聖武天皇の遺愛品を東大寺の大仏へ献納した宝物です。そのほか、東大寺の法会や造営に関係した品、宮中で使われた品なども加わり、現在の正倉院宝物が形づくられました。