2026年9月9日から国立新美術館で開催されている「ルーヴル美術館展 ルネサンス」。
本展の顔となっているのは、レオナルド・ダ・ヴィンチ《女性の肖像》、いわゆる《美しきフェロニエール》です。
他にもボッティチェリ、ラファエロ、ティツィアーノ、デューラー、クラーナハ、エル・グレコと、ルネサンスを代表する画家たちの名前も並びます。ここまでを見ると、「ルーヴル美術館からルネサンスの名画がやってくる展覧会」と思うかもしれません。
しかし、全56点の出品リストを見ると、その印象は大きく変わります。
展示されるのは、絵画17点に対して工芸21点。さらに素描・版画10点、彫刻8点が加わります。第2章「技法の革新と洗練」に至っては、絵画が一枚もありません。
なぜデューラー《サイ》があり、ファイアンスの皿があり、時計があり、小さなブロンズのカエルがあり、その先にレオナルド・ダ・ヴィンチがいるのでしょうか。
本展が見せようとしているのは、一人の天才による「ルネサンス」ではありません。
人が移動し、作品が移動する。図像が複製され、技法が土地を越え、別の素材へ姿を変える。
そうした交流の積み重ねによって、ルネサンスという文化がヨーロッパへ広がっていく過程を、56点の作品からたどる展覧会だといえるでしょう。
(画像)レオナルド・ダ・ヴィンチ《女性の肖像 誤って付された別称 美しきフェロニエール》1490~1497年頃 油彩/板(クルミ) ルーヴル美術館蔵 Wikimedia Commons/CC0
この展覧会の見どころ
- レオナルド・ダ・ヴィンチ《女性の肖像(美しきフェロニエール)》をはじめとする全56点
- 「旅」「技法の革新と洗練」「古代へのまなざし」「肖像芸術の隆盛」の4章でたどるルネサンス
- 版画《パリスの審判》とファイアンスの皿から見る、図像の複製と伝播
- 絵画だけでなく工芸・版画・彫刻まで通して見る「移動するルネサンス」
4つのテーマから見る「移動するルネサンス」
展示は、「旅」「技法の革新と洗練」「古代へのまなざし」「肖像芸術の隆盛」という4章で構成されており、公式には「レオナルド・ダ・ヴィンチから導き出した4つのテーマ」とされています。
一見すると、それぞれ別のテーマを扱った章にも見えます。しかし、全56点を通して見ると、そこには共通して「移動」という要素があります。
人が土地を越えて移動し、それとともに作品や技法、図像も別の地域へ伝わっていく。版画によって複製されたイメージは、陶器やエマイユなど異なる素材へと姿を変え、古代ギリシャ・ローマの造形も各地で新たな表現へと読み替えられていきました。
そうした文化の往来をたどった先で、最後に焦点が当てられるのが肖像芸術です。
王侯や宮廷人、商人、子どもなど、そこでは人間が単なる身分や役割の象徴ではなく、それぞれ異なる顔や存在感を持つ一人の人物として描かれていきます。
そして、その流れの先に置かれているのが、レオナルド・ダ・ヴィンチ《女性の肖像》です。
本展を通して見えてくるのは、
人や物の移動 → 技法と図像の伝播 → 古代の再解釈 → 一人の人間へのまなざし
というルネサンスの広がりです。
広告では展覧会の入口に立っているレオナルド・ダ・ヴィンチが、展示を順にたどると、さまざまな交流と蓄積の先に現れる一つの到達点として見えてきます。
第1章「旅」|ルネサンスを動かしたのは、人だけではない
第1章のテーマは「旅」です。しかし、芸術家の旅行記を並べた章ではありません。
冒頭には《ヴェネツィア共和国の使節団を迎えるダマスクス総督》があり、南ドイツの天文機器、アウクスブルクの《ゾウ》、アルブレヒト・デューラー《サイ》へと続きます。
その後には、ヤン・ファン・スコーレルやエル・グレコ、旅先の風景を記録した素描、フランスで活動したイタリア人職人による装飾彫刻、南ネーデルラントのタペストリーなどが並びます。
ここで移動しているのは、人間だけではありません。商品が運ばれ、珍しい動物についての情報が伝わり、芸術作品や技術も国境を越えていきます。
象徴的なのが、デューラー《サイ》でしょう。
重要なのは、珍しい動物を描いたことだけではありません。遠く離れた場所で得られた情報がイメージとなり、さらに木版画という複製可能な媒体によって広く共有されていくことです。
ルネサンスとは、フィレンツェやローマの内部だけで完結した文化ではありません。
異なる土地同士がつながり、人と物と情報が行き交う。その環境そのものが、文化を変えていきました。
(画像)アルブレヒト・デューラー《サイ》1515年 木版 画像:National Gallery of Art, Washington/CC0 ※本展出品作と同図の別刷り
第2章「技法の革新と洗練」|オリジナルだけでは文化は広がらない
第2章は、本展の性格を最もはっきり示す章です。12点の展示作品に、絵画は一枚もありません。
エマイユ(金属板にガラス質の釉薬を焼き付ける装飾技法)、ファイアンス(錫を含む白い釉薬をかけて絵付けした陶器)、版画、ブロンズ(青銅などの銅合金による鋳造品)、彩釉テラコッタ(粘土で作った像などに色釉を施したもの)、施釉陶器(表面に釉薬を施して焼いた陶器)、時計。
一般的な「ルネサンス名画展」のイメージからは、かなり離れたものが並びます。
しかし、この構成には明確な理由があります。

マルカントニオ・ライモンディ《パリスの審判》は、ラファエロの原作に基づく版画です。そして同じ章には、1530~1535年頃にウルビーノで制作されたファイアンスの丸皿《パリスの審判》も出品されています。
一つの構想が版画によって複製され、土地を越え、さらに陶器という別の素材へ移される。
ここで重要なのは、「誰が最初に描いたか」だけではありません。
版画の普及によって、芸術家の構想は本人が訪れたことのない土地まで運ばれました。そして別の職人がそのイメージを受け取り、自分の技術と素材によって作り直していきます。
本展の作品リストには、「原作に基づく」「工房」「帰属」といった表記が何度も登場します。
現代では「オリジナル」に特別な価値を置きがちですが、文化を広げる役割という点では、複製や引用、転用も決して脇役ではありません。
実物から型を取って鋳造した小さな《カエル》や、生物の姿を器の表面へ取り込んだ「田園風陶法」の作品も、この章に含まれています。
技法の革新とは、絵をうまく描くことだけではない。世界の形をどう写し、どう複製し、どう別の素材へ移すのか。
その試行錯誤もまた、ルネサンスでした。
(画像)マルカントニオ・ライモンディ《パリスの審判》1510~1520年頃 エングレーヴィング National Gallery of Art, Washington蔵/CC0 ※本展出品作と同図の別刷り
イタリア、ウルビーノ《丸皿「パリスの審判」》1530~1535年 ファイアンス ルーヴル美術館蔵 Photo: Jérémy-Günther-Heinz Jähnick / Wikimedia Commons / GFDL 1.2
第3章「古代へのまなざし」|古代は「復活」したのではなく、作り替えられた
「ルネサンス」と聞けば、古代ギリシャ・ローマ文化の復興を思い浮かべる人は多いでしょう。
第3章では、その「復興」が実際にはどのような行為だったのかを見ていきます。
古代のレリーフを模写する素描、ヴィーナスを描いた版画、古代神話を題材にした彫刻やブロンズ。芸術家たちは古代作品を見て、写し、複製し、自らの表現へ取り込んでいきました。
しかし、古代はそのまま蘇ったわけではありません。この章では、宗教画から神話画、彫刻、版画まで、古代へのまなざしがさまざまな形で展開されていきます。
ボッティチェリ《5人の天使に囲まれる聖母子》、ラファエロとジュリオ・ロマーノによる《聖母子と聖エリサベト、洗礼者聖ヨハネ 小さな聖家族》、ランベルト・スストリス《マルス、ヴィーナスとキューピッド》、そしてルカス・クラーナハ(父)《三美神》など、その受容のあり方は地域によって大きく異なります。
とりわけクラーナハ(父)《三美神》は分かりやすい作品です。
三美神という古典的な題材を扱いながら、細長い裸体、帽子や装身具、どこか人形めいた表情は、古代彫刻をそのまま再現したものではありません。
イタリアとも異なる、クラーナハ(父)独自の身体表現へと作り替えられています。
ルネサンスにとって古代とは、正解を写すための教科書ではなく、何度でも読み替えることのできる巨大な素材庫だったのでしょう。
ここでも、伝播と変換が同時に起きています。
(画像)サンドロ・ボッティチェリ《5人の天使に囲まれる聖母子》1470年頃 テンペラ/板(ポプラ) ルーヴル美術館蔵 画像:Wikimedia Commons/Public Domain
ラファエロ・サンツィオ、ジュリオ・ロマーノ《聖母子と聖エリサベト、洗礼者聖ヨハネ 通称 小さな聖家族》1517~1519年頃 油彩/板 ルーヴル美術館蔵 画像:Wikimedia Commons/Public Domain
クラーナハ ルカス・クラーナハ(父)《三美神》1531年 油彩/板(ブナ) ルーヴル美術館蔵 画像:Wikimedia Commons/Public Domain
第4章「肖像芸術の隆盛」|一人の人間を見るということ
最後の章で扱われるのが、肖像芸術です。
ここでようやく、広告の中心となっているレオナルド・ダ・ヴィンチが本格的に姿を現します。
しかし、《女性の肖像》だけが孤立して展示されるわけではありません。
ベルナールト・デ・レイケレによる少年像、バルトロメウス・ブロイン(父)によるケルンの商人一家、ヤコプ・コルネリスゾーン・ファン・オーストザーネン、あるいはその息子による男性肖像、バロンチェッリの肖像の画家による銀筆素描、さらにティツィアーノ《フランソワ1世の肖像》など、地域も身分も素材も異なる肖像が続きます。
そして終盤には、興味深い二つの女性像が登場します。
ロンバルディアの画家による《女性の肖像 通称 美しきフェロニエール》と、レオナルド・ダ・ヴィンチ《女性の肖像 誤って付された別称 美しきフェロニエール》です。
同じ《美しきフェロニエール》という呼称を背負った、別の二人の女性像です。
ここでロンバルディアの画家による作品を、レオナルド・ダ・ヴィンチ作品の「複製」と考える必要はありません。むしろ注目したいのは、レオナルド・ダ・ヴィンチを同時代のロンバルディアの肖像文化の中へ戻して見ることができる点です。
さらに、ジャン・クリストフォロ・ロマーノ《ベアトリーチェ・デステ》や、ベルナルディーノ・デ・コンティ《ビアンカ・マリア・スフォルツァの肖像》など、ミラノ宮廷をめぐる人物像も並びます。
するとレオナルド・ダ・ヴィンチの作品は、「天才が突然生み出した一枚」ではなくなります。
同じ社会の中で、人の顔をどう描くのか、身分や人格をどのように表すのかという試行錯誤が行われ、その中から生まれた一つの到達点として見えてきます。
天才であることと、時代から独立していることは同じではありません。
レオナルド・ダ・ヴィンチもまた、同時代の文化と交流の中にいた一人の芸術家でした。
(画像)ティツィアーノ・ヴェチェッリオ《フランソワ1世の肖像》1538年頃 油彩/カンヴァス ルーヴル美術館蔵 画像:Wikimedia Commons/Public Domain
広告ではレオナルドから始まり、展示室ではレオナルドへ向かう
ここまで見てくると、本展の広告と展示構成には興味深いずれが見えてきます。
広告で前面に出ているのは、レオナルド・ダ・ヴィンチという一人の「天才」と、《女性の肖像》という一点の「名画」です。
一方、展示室で大きな役割を担っているのは、職人や工房、匿名の作家、版画、陶器、エマイユ、タペストリー、メダル、時計といった作品群です。
広告は「唯一無二」を売り、展示は「伝播と変換」を語っている。
もちろん、一般にも広く知られるレオナルドを展覧会の入口にすること自体は不思議ではありません。ただ、《美しきフェロニエール》だけを見てしまうと、本展が56点を使って描こうとしているルネサンスの姿は見えにくくなります。
デューラー《サイ》も、ファイアンスの皿も、小さなブロンズ像も、レオナルドへたどり着くまでの「前座」ではありません。
人や物が移動し、図像が複製され、別の土地や素材へ姿を変えていく。
その積み重ねこそが、ルネサンスをヨーロッパ規模の文化へ広げていきました。
それでも惜しい|15世紀ネーデルラント絵画の不在
一方、全56点を見ると、ひとつ気になる部分もあります。
本展は北方地域とイタリアとの交流にも触れていますが、ヤン・ファン・エイク、ロヒール・ファン・デル・ウェイデン、ディルク・ボウツ、ハンス・メムリンクといった、15世紀の初期ネーデルラント絵画を代表する画家の油彩作品は出品されていません。
北方絵画ではヤン・ファン・スコーレルやバルトロメウス・ブロイン(父)など16世紀の作品を見ることができます。
しかし、北方で発達した油彩による精緻な写実や肖像表現を、15世紀の実作から確認することはできません。本展がルネサンスの誕生そのものより、文化が各地へ伝播し、成熟していく過程に重点を置いていることを考えれば、理解できない構成ではありません。
それでも北と南との交流を見せるのであれば、15世紀ネーデルラントの油彩画を一作見たかったところです。
ルーヴル美術館にはロヒール・ファン・デル・ウェイデン《ブラク家の三連祭壇画》もあるのですが――そこまで望むのは、少し欲張りでしょうか(笑)。
まとめ|レオナルド・ダ・ヴィンチを見る。その前に並ぶ55点も見る
「ルーヴル美術館展 ルネサンス」は、ルネサンスの名画を年代順に並べた通史展ではありません。
ジョットやマザッチョから始まるイタリア・ルネサンス誕生の物語でも、ファン・エイクから初期ネーデルラント絵画を追う展覧会でもありません。
本展が見せるのは、その先です。
人が旅をし、技法が伝わる。版画が図像を運び、別の土地の職人がそれを陶器やエマイユへ移し替える。古代の造形も各地で読み替えられ、その交流の中から新しい肖像芸術が生まれていきました。
ルネサンスは、一人の天才が作ったものではありません。
模倣し、借り、複製し、改変する。誰かが生み出したものを別の誰かが受け取り、別の場所で作り直す。
そうした無数の往復の先に、レオナルド・ダ・ヴィンチ《女性の肖像》もあります。
もちろん、レオナルドを見るために会場を訪れるのも一つの楽しみ方です。ただ、その一枚へ向かうまでに並ぶ55点にも目を向けてみてください。
広告ではレオナルド・ダ・ヴィンチから始まるこの展覧会を、展示室ではレオナルドへ向かう物語として歩いてみる。
そのとき、《サイ》や皿、メダルといった作品も、少し違った姿で見えてくるはずです。
ルーヴル美術館展2026|作品リスト・巡回・チケット・グッズ
ここでは、「ルーヴル美術館展 ルネサンス」へ行く前に確認しておきたい情報をまとめます。
作品リストは全56点
本展の出品作品は全56点です。
内訳は、絵画17点、工芸21点、素描・版画10点、彫刻8点。レオナルド・ダ・ヴィンチ《女性の肖像》をはじめ、ボッティチェリ、ラファエロ、ティツィアーノ、デューラー、クラーナハ(父)、エル・グレコなどの作品が展示されています。
国立新美術館の公式サイトでは、全作品を確認できる作品リスト(日本語・英語)もPDFで公開されています。
ただし、本展は有名画家の作品だけを集めた名画展ではありません。工芸が21点と絵画を上回っていることからも分かるように、作品同士の関係を見ることが大きなポイントです。
2026年のルーヴル美術館展は巡回する?
2026年9月26日現在、公式に発表されている会場は東京・国立新美術館のみです。
大阪や京都など、他都市への巡回開催は現時点では発表されていません。
会期は2026年9月9日(水)から2026年12月13日(日)まで。今後、新たな巡回情報が発表された場合は本記事でも更新します。
チケットは予約が必要? 当日券はある?
2026年12月6日(日)までは日時指定制ではなく、当日券も販売されています。
当日券は一般2,400円、大学生1,400円、高校生1,000円で、中学生以下は無料です。
チケットはオンラインのほか、国立新美術館でも開館日に当日券を購入できます。
ただし、会期最終週の12月7日(月)~ 12月13日(日)は日時指定制となり、日時指定券が必要です。混雑を避けたい場合は、事前にチケットを購入しておくと安心でしょう。
ルーヴル美術館展2026のグッズは?
会場内の特設ショップでは、《美しきフェロニエール》をはじめとする本展出品作品をモチーフにしたオリジナルグッズや、ブランドとのコラボレーショングッズが販売されています。
一部商品は展覧会公式サイトからオンラインでも購入できます。
開催情報
| 展覧会名 | ルーヴル美術館展 ルネサンス |
|---|---|
| 公式サイト | https://www.ntv.co.jp/louvre2026/ |
| 会期 | 2026年9月9日(水)~ 2026年12月13日(日) |
| 休館日 | 毎週火曜日 ※9月22日(火・祝)、11月3日(火・祝)、12月8日(火)は開館、11月4日(水)は休館 |
| 開館時間 | 10:00~18:00(金・土曜日は20:00まで) ※入場は閉館の30分前まで |
| 会場 | 国立新美術館 企画展示室1E |
| 住所 | 東京都港区六本木7-22-2 |
| 観覧料 | 一般 2,400円、大学生 1,400円、高校生 1,000円、中学生以下無料 ※10月1日(木)~ 10月14日(水)は高校生無料(学生証の提示が必要) ※12月7日(月)~ 12月13日(日)は日時指定制 |
| 作品リスト | こちらから |
| 音声ガイド | 会場レンタル版 1台700円(税込) ナビゲーター:北川景子 ※アプリ版の配信なし |


