――巨大な骸骨。鯨と戦う宮本武蔵。人間を寄せ集めて作った顔。そして、文字になってしまう猫。
歌川国芳と聞くと、まずそんな奇抜な作品が思い浮かぶかもしれません。
京都市京セラ美術館で開催されている「浮世絵スーパークリエイター 歌川国芳展」には、武者絵、怪異画、美人画、役者絵、風景画、戯画まで、国芳の多彩な作品が並びます。
しかし約220点を順番に見ていると、単に「いろいろなものを描いた絵師」では説明しきれない共通点が見えてきました。国芳は、どんな題材を描いても、画面のどこかに目を止めずにはいられない“一発”を置きます。
――鯨。火牛。骸骨。豪雨。雪。虹。月。巨大な櫓。髑髏に見える猫。
そして、その一発から画面の中に事件を起こしていく。
国芳は何でも描いたのではありません。何でも「面白い画面」へ変換することができた絵師でした。そんな視点から、この展覧会を順番に見ていきます。
この展覧会の見どころ
- 《宮本武蔵と巨鯨》《相馬の古内裏》など、国芳を代表する武者絵・怪異画
- 武者絵、美人画、役者絵、風景画、戯画まで約220点でたどる、歌川国芳の多彩な仕事
- 三枚続を一つの巨大な画面へ変える、大胆な構図と迫力ある物語表現
- 江戸の日常を生きる女性や、遠近法・陰影を取り入れた風景画に見る、意外な一面
- 猫、寄せ絵、地口など、見る人を驚かせ、考えさせ、笑わせる国芳ならではのアイデア
6つのテーマで見る「歌川国芳展」
展覧会の第1幕は、国芳を一躍人気絵師へ押し上げた《通俗水滸伝豪傑百八人之一個》から始まります。
九紋龍史進、花和尚魯智深、黒旋風李逵、武松、呉用――。
中国の小説『水滸伝』に登場する豪傑たちを描いたシリーズです。今回の展示でも冒頭にまとまって並び、その後、日本の武者、八犬伝、三国志、川中島、源平合戦、忠臣蔵へと題材が広がっていきます。
実物を見ると、人物だけを切り取って描いているという感じがあまりありません。
服、刺青、筋肉、武器、敵が複雑に絡み合い、一見するとどこまでが身体なのか分からない作品さえあります。
けれど、しばらく見ていると、その中から豪傑の身体が浮かび上がってくる。
画面は縦横無尽に動き、うるさいほど情報を詰め込んだ作品もあれば、比較的すっきりした作品もあります。
同じシリーズなのに一様ではありません。
だからこそ、「この豪傑が好きだ」という一枚を探す楽しさもあります。
国芳は人物を描くだけではなく、一人ひとりをスターにしていたのでしょう。
第1幕 KUNIYOSHI’s アクション!|一枚の版画を巨大なスクリーンへ
国芳の武者絵でも特に目を引くのが、三枚の大判錦絵を横につないだ「三枚続」です。
《宮本武蔵と巨鯨》では、巨大な鯨が海を横切り、その背に宮本武蔵が乗ります。
三枚をつなげれば、一つの巨大な画面です。けれど実物を見ていて面白かったのは、三枚それぞれにもちゃんと見せ場があることでした。
一枚には鯨の巨大な顔。
一枚には宮本武蔵。
もう一枚には鯨の尾と詞書。
《讃岐院眷属をして為朝をすくふ図》でも、鮫と主人公、喜平次、しらぬい姫と、それぞれの紙に見るべきものがあります。
つまり三枚揃えば大画面になる一方で、一枚だけで見ても、それなりに一つの絵として成立しています。
「とりあえずこの一枚を買おう。残りはまた探せばいいか」
そんな気にさせる構図です。もちろん、実際の販売戦略がそこまで計算されていたと断定することはできません。それでも、三枚続を単に「一枚の絵を三分割したもの」と考えるだけでは、この面白さは見えてきません。
――一枚ずつにも魅力があり、三枚揃うとさらに大きな世界が完成する。
コレクションする楽しさまで想像させる構図の作品です。
国芳は、版画を一枚の商品から横長のスクリーンへ拡張しました。
そして、そのスクリーンで主人公だけを大きくするとは限りません。
《宮本武蔵と巨鯨》では鯨。
倶利伽羅谷なら火牛。
合戦なら大量の矢。
主人公が乗り越えるものを巨大化することで、逆に英雄を強く見せています。四條畷を描いた作品では、無数に飛ぶ矢が本当に動いているように見えました。
国芳は、かっこいいところは徹底的にかっこよく、雄大なところは雄大に描きます。
一方で、少し野暮ったい題材は野暮ったいまま押し切る。
その振れ幅も含めて、国芳の武者絵には妙な勢いがあります。
画像:歌川国芳《宮本武蔵と巨鯨》1847〜50年頃/Public Domain/Wikimedia Commons
第2幕 KUNIYOSHI’s モンスター!|誰も見たことのない「あの怪物」
第2幕には、鵺、土蜘蛛、酒呑童子、九尾の狐、猫又、怨霊といった怪異が次々に登場します。
そして、この章を象徴する作品が《相馬の古内裏》で、巨大な骸骨が画面いっぱいに現れる、国芳を代表する一作です。
ところが実物を見ると、骸骨の骨格そのものは意外なほど具体的です。
単純に「巨大な骸骨だから怖い」というより、もっと不気味なのは、その周囲でした。
骸骨が現れたことで、建物の線や御簾、人物との境界が流れ、現実の空間そのものが歪んでいくように見えます。骸骨は怪物であると同時に、日常の空間を異界へ変えてしまう舞台装置でもありました。
そして、この章を見ながらもう一つ気づくことがあります。
国芳は、これらの怪物を一から発明したわけではありません。鵺も、土蜘蛛も、酒呑童子も、九尾の狐も、それ以前から説話や軍記、芝居の中で語られていました。
人々は名前や物語を知っている。でも、実際にどんな姿をしているのかは誰も見たことがない。国芳は、そんな「あの怪物」に姿を与えました。
みんなが知っているけれど、誰も見たことがないものをビジュアル化する。
ここにも国芳の仕事があります。
画像:歌川国芳《相馬の古内裏》1845〜46年頃、大英博物館蔵(本展出品作とは別摺)/Public Domain/Wikimedia Commons
第3幕 KUNIYOSHI’s ビューティー!|江戸を生きる、元気な女性たち
武者や怪物の次に現れるのが、美人画です。
国芳の女性を見ていて感じるのは、単純な「美人」を見せるための絵ではないことでした。
女性は立っているだけではありません。
歩く。
文を読む。
舟に乗る。
花火を見る。
雨に降られる。
いつも何かをしています。
《暑中の夕立》では、女性たちと激しく降る雨のどちらが主役なのか迷いますが、答えは、たぶん両方です。
女性は風景の添景ではなく、雨や川や町もまた女性を飾る背景ではありません。女性と江戸の街が、一緒に動いています。
国芳の女性像には、英泉がしばしば描いた疲労や妖艶さを帯びた女性とは、少し違う感触があります。。
素直に言えば、「江戸の元気な女性」。着物も、豪華絢爛な花魁衣装ばかりではありません。庶民が普段着ていそうな着物が多く、それだけに身近に感じられます。
美しい女性を描いたというより、女性を通して江戸の日常を描いた。
そんな印象を受ける章です。
画像:歌川国芳《東都三ツ股の図》天保初期(1831〜33年頃)/Public Domain/Wikimedia Commons(本展出品作とは別摺)
第4幕 KUNIYOSHI’s ハンサム!|美男ではなく、キャラクターを作る
女性像に比べると、男性は明らかにデフォルメされています。
簡単に言えば、ちゃんと「ハンサム」に描いている。ただし国芳が作っている魅力は、整った顔だけではありません。
――立ち姿、表情、役柄、衣装。
それらを組み合わせることで、一目で性格の伝わる人物を作っています。
代表的なのが《国芳もやう正札附現金男 野晒悟助》。一見すると、着物に大胆な髑髏模様が描かれています。
ところがよく見ると、髑髏を構成しているのは猫。意識していなければ、そのまま髑髏として見過ごしてしまうかもしれません。
――遠くから見れば危険な男を象徴する髑髏。近づけば猫を組み合わせた遊び。
国芳は、一枚の中に二つの見方を仕込んでいます。
この仕掛けは、展覧会最後の「アイデア!」の章へもつながっていきます。
画像:歌川国芳《国芳もやう正札附現金男 野晒悟助》1846年、アムステルダム国立美術館蔵(本展出品作とは別摺)/Public Domain
第5幕 KUNIYOSHI’s ヴィジョン!|風景にも“一発”を置く
国芳の風景を見ると、広重の風景とはかなり違います。
遠近法や陰影など、西洋画から学んだと思われる表現も見られ、二十四孝を描いた作品などでは、人物や空間に強い陰影が入り、かなり西洋的に感じるものもありました。
しかし、今回実物を見て特に面白かったのは、技法そのものではありません。国芳は風景の中にも、一枚を記憶させる強い一発を置いているのです。
《東都三ツ股の図》なら、空間にそびえる巨大な櫓。思わず「東京スカイツリーだ」と言いたくなるような存在感があります。
《東都名所 するがだひ》なら虹。
《東都名所 新吉原》なら月。
《東都名所 洲崎初日出の図》なら、遠近法の先に置かれた太陽。
日蓮の生涯を描いた《高祖御一代略図》でも同じです。
雨乞いなら、画面いっぱいの強烈な雨。
雪中なら、雪。
法難なら、落ちてくる石。
歴史や伝説を細かく説明するのではなく、その場面を象徴するものを強く見せる。武者絵で火牛や鯨を巨大化した国芳は、風景でも同じことをしているのです。
西洋的な遠近法や陰影も、西洋画を忠実に再現しようとしたというより、画面を面白くするために、遠近法や陰影も貪欲に取り込んでいるように見えます。
画面を面白くするために使えるものなら使う。国芳は、そんな貪欲な絵師に見えます。
画像:歌川国芳《東都名所 佃嶋》1831〜35年頃、アムステルダム国立美術館蔵(本展出品作とは別摺)/Public Domain
第6幕 KUNIYOSHI’s アイデア!|猫も人間も、別のものへ変えてしまう
最後の章まで来ると、国芳は完全に遊び始めます。
《みかけハこハゐがとんだいゝ人だ》では、一見すると一人の大きな顔。
でも何かがおかしい。
近づけば、小さな人間たちが絡み合って顔を作っていることが分かります。
面白いのは、近づかなければ仕掛けに気づかないわけではないこと。遠くから見た段階ですでに違和感があります。
国芳はまず、「何か変だ」と思わせる。そして、見る人に理由を探させます。《人かたまつて人になる》も同じ。
《猫の当字》では猫を文字へ変え、《其まゝ地口猫飼好五十三疋》では東海道五十三次の宿場名を猫の仕草と言葉遊びへ変えてしまいます。
さらに七福神、十二支、教訓、芝居、地口まで何でも混ぜる。
《荷宝蔵壁のむだ書》などは、江戸時代の木版画とは思えないほど軽く、まるでサインペンで壁に描いた落書きのように見えます。
ここまで来ると、「浮世絵師」という肩書きそのものが窮屈に感じるほどです。
画像:歌川国芳《みかけハこハゐがとんだいゝ人だ》1847〜48年頃/Public Domain/Wikimedia Commons
江戸の人には、この絵の向こうに何が見えていたのか
国芳展を見ていると、現代人と江戸の観客との間にある大きな違いにも気づきます。
国芳の作品には、水滸伝、三国志、源平合戦、川中島、忠臣蔵、八犬伝、鵺、土蜘蛛、酒呑童子、二十四孝、歌舞伎などが次々に登場します。実際、今回の出品リストだけでも、こうした軍記・古典・説話・芝居の題材が大量に並んでいます。
現代の私たちは、その多くを知りません。
たとえば落語で「四段目」「五段目」と言われても、『仮名手本忠臣蔵』を知らなければ何のことか分からない。
ところが元の歌舞伎の演目を知り、赤穂事件との違いを調べ、役者の中村仲蔵や登場人物の斧定九郎へ進んでいくと、一つの言葉の後ろに巨大な江戸文化の世界が広がっていることが分かります。
国芳の浮世絵も同じです。
当時の観客は、必ずしも原典をすべて読んでいたわけではないでしょう。
それでも、歌舞伎、読本、講談、説話などを通して、人物名や有名な場面をある程度共有していたはずです。
――倶利伽羅谷なら火牛。
――川中島なら信玄と謙信。
――忠臣蔵なら討入り。
――酒呑童子なら大江山。
一つの記号から、観客の頭の中で物語全体が立ち上がる。
だから国芳は、すべてを説明する必要がありませんでした。
誰も知らない物語を作ったのではなく、みんなが知る物語を、誰も見たことのない画面にした。
そこに国芳の新しさがあったのだと思います。
三枚の紙から、一つの顔まで|国芳はずっと「変換」していた
展覧会の最初と最後を振り返ると、不思議なくらいよくつながっています。
第1幕では、三枚の紙をつないで一つの巨大な画面にしました。
第6幕では、多くの人間を集めて一つの顔を作り、猫の身体を文字に変えます。
国芳がしていることは、ずっと「変換」です。
人物を英雄へ。
物語を一瞬の事件へ。
語られてきた怪物を、見える姿へ。
女性を江戸の日常へ。
役者をキャラクターへ。
風景を一つの強い記憶へ。
猫や人間を文字や顔へ。
国芳は、何でも描いた絵師ではありません。何でも国芳らしい「事件」へ変えてしまう絵師なのだと思います。
攻め続けた国芳、その先へ
国芳の作品は、時にかっこよく、時に不気味で、時にくだらないほどふざけています。けれど、どの作品にも共通しているのは、「もう少し面白くできないか」と考え続けているような姿勢です。
紙を三枚つなげて、大画面にしてしまおう。
怪物を描くなら、誰も見たことのない姿にしてしまおう。
風景なら、一目で覚えるものを置く。
猫も、文字にしてしまう。
その貪欲さは、国芳に学んだ河鍋暁斎をはじめ、幕末から明治へ続く奇抜な絵画表現にもつながっていきます。
巨大な骸骨や猫だけを見ても、国芳は十分に面白い。でも作品を順番に見ていくと、その奥にもう一人、見る人をどう驚かせるかを、最後まで考え続けた絵師の姿が見えてきます。
それこそが、この展覧会で最も面白かった歌川国芳の姿でした。
浮世絵師入門|江戸から幕末まで、主要絵師とその流れをたどる
国芳だけでなく、北斎、広重、国貞、英泉など、江戸から幕末に活躍した浮世絵師の流れをまとめています。歌川国芳が浮世絵史のどこに位置するのか知りたい方はこちらもどうぞ。
開催情報
| 展覧会名 | 浮世絵スーパークリエイター 歌川国芳 展 |
|---|---|
| 公式サイト | https://www.ktv.jp/event/kuniyoshi/ |
| 会期 | 2026年7月18日(土)~ 2026年9月23日(水) |
| 休館日 | 月曜日(7月20日、9月21日は開館) |
| 開館時間 | 10:00 ~ 18:00(入場は17:30まで) |
| 会場 | 京都市京セラ美術館 本館 北回廊1階 |
| 住所 | 京都市左京区岡崎円勝寺町124 |
| 観覧料 | 一般 1,900円、高大生 1,400円、小中生 700円 |
| 音声ガイド | 1台 700円(税込) |


