江戸の版画は浮世絵だけじゃない!!日本銅版画30の極み③

〇安田 雷州(やすだ らいしゅう、?~1858年)
先に紹介した司馬 江漢や亜欧堂 田善に続く江戸の洋風画家であり、略歴は不明な部分も多いですが身分は御家人で、1856年には小普請であったようです。はじめ葛飾 北斎(1760年〜1849年)に入門し、文化年間(1804年〜1818年)には版本挿絵や錦絵を残しました。その後、洋風画家・銅版画家として活躍し、東海道や江戸の名所や合戦、地震などの銅版画や、西洋銅版画に基づく独特の陰影をもった肉筆画を描いています。また、私塾を開いた蘭学者でもあり、銅版の世界地図や日本地図も制作しています。彼の作品を見ていきましょう。

「相模三浦入海之景」(江戸近国風景) 19世紀前期~中期

相模国(現神奈川県)三浦の宿場町を描いた作品です。宿場町が今宵の宿泊客を呼び込むために一番活気付く夕暮れ時でしょうか。街道を行き交う旅人や馬、町の商人や客を呼び込む遊女等がその表情までも詳細に描かれています。またその背景にある鬱蒼と繁る木々や雲の躍動感ある表現は、司馬江漢や亜欧堂田善らの時代にはなかったものです。

「上総望長南景」(江戸近国風景) 19世紀前期~中期

上総国(現千葉県の中部、長生郡長南町周辺と推測される)の風景を描いた作品です。広い空と緩やかな渓谷の間を一望する風景が描かれていますが、家屋の形等を見ても日本の農村風景というよりはヨーロッパの農村風景ように見えます。これは作者がヨーロッパから渡来した作品等を参考にして制作したからかも知れません。銅版画に関する情報が乏しかった状況下での作者の試行錯誤の様子を感じることができる作品です。

「山上からの眺望図」(江戸近国風景) 19世紀前期~中期

この作品も農村の田園風景を描いた作品です。近くをはっきりを描き、遠くをボヤけさせて描く「空気遠近法」を取り入れた日本でも最初期の作品と思われます。里山の樹々の葉や茂みの草、田んぼの稲穂の間を流れる風の空気間までもが伝わってきます。このページで紹介している作品の画角サイズはどれも約縦9.5㎝×横16.0㎝でほぼ名刺と同サイズ。極小の画面の中に表現された細密描写が映える作品です。

「武江地震」 1855年以降

武江地震は別名「安政江戸地震」ともいい、1855年に江戸の直下で発生し、江戸の中で多数の犠牲者を出した大地震です。その発生直後の混乱した様子を描いたのがこの作品であり、崩壊した家屋やそれの下敷きになった犠牲者、爆発的な火災により立ち込める黒煙、それから逃げ惑う群衆等をこれほど直接的で生々しく描いた作品は他に類がありません。

この展覧会を通して、改めて銅版画表現の細密さに驚かされました。海外からの情報が少ない中で技術を習得し、これほどまでの作品に仕上げて行った作家各氏にはただただ感服するばかりです。

ぜひ美術館でご覧ください。

【参考文献】
「日本銅版画30の極み」 神戸市立博物館 2025年
「激動の時代 幕末明治の絵師たち」 サントリー美術館 2023年

(江戸の版画は浮世絵だけじゃない!!日本銅版画30の極み 了)


音声ガイド:なし
作品撮影:すべての作品で可能
(「古地図からひろがる世界」展も同様)
図録:900円

神戸市立博物館
特別展 日本銅版画30の極み
2025年2月1日(土)~3月23日(日)
休館日: 月(ただし、2月24日[月・振休]は開館)、2月25日(火)
午前9時30分~午後5時30分
※展示室への入場は閉館の30分前まで
※金曜・土曜は午後8時まで開館