2026年春、ひろしま美術館で「生誕150周年 アルベール・マルケ展」が開催されます。日本では35年ぶりとなる本格的な回顧展で、油彩、パステル、デッサンなど約90点の作品を通して、アルベール・マルケの形成期から晩年までの画業をたどる貴重な機会です。
ひろしま美術館では、2026年4月11日(土)から2026年5月31日(日)まで開催されます。アンリ・マティスやフォーヴィスムの周辺で語られることの多い画家ですが、本展ではそれだけではない、マルケ独自の魅力に改めて光が当てられます。
アルベール・マルケ展 ポスター 画像提供:ひろしま美術館
アルベール・マルケとはどんな画家か
アルベール・マルケは1875年、ワインの生産地としても知られるフランス南西部の港湾都市ボルドーに生まれました。
のちにパリに出てアンリ・マティスと出会い、20世紀初頭には大胆な色彩表現を特徴とするフォーヴィスムの流れにも関わります。しかし彼は、激しい色彩の実験にとどまることなく、観察に根ざした姿勢を保ちながら、より穏やかで洗練された風景画へと進んでいきました。
――強い色の衝突ではなく、光や空気、天候の違いをにじませるような色調へ。
その変化こそが、本展を通して見えてくる大きな見どころです。
なかでも重要なのが、「マルケのグリ」と呼ばれる独特の灰色の使い方です。
灰色といっても無機質な色彩ではなく、青や紫、緑の気配を含んだやわらかな中間色であり、空や水面、建物のあいだに静かな深みを生み出します。マルケの絵を前にすると、派手ではないのに、いつまでも見ていられる心地よさがあります。その理由のひとつが、この豊かな灰色の響きにあるのでしょう。
展覧会の見どころ
水辺の風景を、時間と空気の違いで見る
この展覧会でとくに注目したいのは、マルケが繰り返し描いた水辺の風景です。
彼はパリの自宅から眺めたセーヌ河、南フランスや北アフリカのアルジェなど旅先で出会った港や浜辺を好んで描きました。そこには単なる景色としての美しさだけでなく、水と街が接する場所ならではの空気の移ろいがあります。
マルケの描く水面は、壮大な自然の象徴というより、人の暮らしのすぐそばにある水面です。
晴れた日の河岸、曇った港、時間帯によって色を変える水面。また、セーヌ河のひんやりした川面、港町に漂う湿り気、海辺に差し込むやわらかな光。そうした日常の延長にある水の表情が、静かな色の重なりとして立ち上がってきます。
マルケはそうした違いを、誇張せず、しかし確実に画面へと定着させました。今回の展覧会では、同じようなモティーフを異なる季節や天候のもとで描き分けた作品群を通して、そうした“見る力”に触れられます。彼の風景画には、遠い名所を見るような感覚ではなく、自分の呼吸と地続きの風景を見つめるような親しさがあるように感じられます。
アルベール・マルケ《ル・ピラ》 1935年 油彩/カンヴァス ボルドー美術館
© Mairie de Bordeaux, musée des Beaux-Arts, photo, F. Deval.
マルケらしさをつくる視点|俯瞰の構図と、世界との距離感
もうひとつ、マルケを特徴づけるのが、高い窓から見下ろすような俯瞰の構図です。
水辺と建物、橋、船、人影をとらえるその画面には独特の距離感があり、近づきすぎず、かといって冷たく突き放すわけでもありません。その絶妙な間合いが、マルケの絵に静けさと落ち着きを与えています。
都市や港町の風景を描いていても、騒がしさより呼吸のようなリズムが感じられるのは、この視点の取り方によるところが大きいはずです。
アルベール・マルケ《ルーアン、ボワエルデュー橋とパリ河岸、快晴》 1912年 油彩/カンヴァス パリ、個人蔵
(協力:パリ、ギャルリー・ド・ラ・プレジダンス)
簡潔な筆致がとらえる、風景の本質
わずかな線と形で本質をとらえる力も、マルケの大きな魅力です。小さく描かれた人や船、車が、風景のなかに自然に息づいている。そうした簡潔な描写力を、マティスは「我らの北斎」と称えたといいます。
決して描き込みすぎず、それでも世界の手ざわりを失わない。その洗練を会場で確かめられるのも、本展の楽しみのひとつではないでしょうか。
代表作からたどる画業の変化
代表作として、先に紹介した《ル・ピラ》(1935年)や《ルーアン、ボワエルデュー橋とパリ河岸、快晴》(1912年)のほか、《ル・アーヴルの縁日》(1906年)、《マルセイユの馬》(1916年)、《バルコニー、または縞模様の日よけ》(1945年頃)などが本展で紹介されています。
初期の生き生きとした色彩から、のちの抑制された色面へと至る流れ、そして晩年まで続く窓辺や水辺への関心をたどれる構成は、回顧展ならではの見応えがあります。
また本展は、マルケの変化を単なる様式の移り変わりとしてではなく、世界の見方がどう深まっていったかとして感じられる展覧会でもあります。若い時代の勢いある色彩も、晩年の静かな色面も、どちらも風景に向き合う彼のまなざしの一部として見ることができます。
晩年作の魅力を象徴するのが、《バルコニー、または縞模様の日よけ》です。
水辺の風景で知られるマルケですが、この作品では窓辺から外光を受け止めるまなざしが前景化し、室内と屋外、近景と遠景の関係が簡潔に整理されています。晩年に至るまで、窓辺や外光への感受性が持続していたことがよくわかる一点です。
アルベール・マルケ《バルコニー、または縞模様の日よけ》 1945年頃 油彩/板 パリ、プロシュ・コレクション
(協力:パリ、ギャルリー・ド・ラ・プレジダンス)
ひろしま美術館で見る魅力
会場となるひろしま美術館の環境も、この展覧会の魅力を深めてくれそうです。
ひろしま美術館は広島市中央公園の緑のなかにあり、街の中心部にありながら落ち着いた空気に包まれています。
――街のなかの静けさ、水辺や窓からの眺め、開かれた風景。
そうしたマルケ作品の要素と、この場所の雰囲気は不思議と響き合います。
中央公園の緑に包まれたひろしま美術館で最初にマルケの水辺に触れる体験には、やはり特別な静けさがあります。光と空気の揺らぎに目を澄ませながら、展示を見る前後の時間も含めて、ゆっくり味わいたい展覧会です。
ひろしま美術館 本館 中庭 画像提供:ひろしま美術館
まとめ
「生誕150周年 アルベール・マルケ展」は、マルケを単なる穏やかな風景画家として紹介するのではなく、近代絵画のなかで独自の視線を育てた画家として見直す展覧会です。フォーヴィスムの熱気を知りながら、そこにとどまらず、静かな観察とやわらかな色彩へ向かったこと。水辺の風景を繰り返し描きながら、時間や季節、天候の差異を丁寧に描き分けたこと。そうした積み重ねのなかに、マルケならではの豊かさがあります。
本展を通して見えてくるのは、マルケが単なる穏やかな風景画家ではないということです。彼は、水辺の光景を通して世界との距離の取り方を描いた画家だったのではないでしょうか。強く近づきすぎず、かといって無関心でもない。静かな観察とやわらかな色彩によって、風景のなかにある光や空気の差異をすくい上げていく。そのまなざしは、刺激の強い表現に慣れた今だからこそ、むしろ新鮮に感じられます。
光や空気の微妙な差異を味わいたい人、静かな風景画に惹かれる人、近代美術を少し違った角度から見たい人にとって、きっと印象深い時間になるはずです。まずは広島で、その静かな水辺と色のゆらぎをじっくり味わってみてはいかがでしょうか。
展覧会情報
生誕150周年 アルベール・マルケ展
会場:ひろしま美術館
会期:2026年4月11日(土)~2026年5月31日(日)
展示替え:前期 4月11日(土)~5月7日(木)、後期 5月8日(金)~5月31日(日)
開館時間:9時~17時(最終入館16時30分)
休館日:会期中無休
観覧料:一般2,200円、高大生1,000円、小中生500円
※本展の入館券でコレクション展示も鑑賞できます。
巡回情報
本展は、広島だけで終わるのではなく、2026年に全国を巡回します。ひろしま美術館のあと、久留米市美術館、三重県立美術館、SOMPO美術館へと続く予定です。
(福岡)久留米市美術館 2026年6月9日(火)~2026年7月29日(水)
(三重)三重県立美術館 2026年8月8日(土)~2026年9月13日(日)
(東京)SOMPO美術館 2026年9月22日(火)~2026年12月13日(日)
※掲載画像の転載ならびにコピーは禁止します。画像提供:ひろしま美術館


