現在、京都国立近代美術館の常設展にアンリ・マティスの「ジャズ」シリーズが展示されていましたので、その全作品を紹介します。
アンリ・マティス(1869年~1954年)はフランス北部ル・カトー=カンブレジに生まれました。若い頃は法律を学びましたが、病気で寝たきりになった際、偶然手にした絵筆が彼の人生を変えました。その後パリで本格的に美術を学び、印象派やゴーギャン、セザンヌに影響を受けながら、強烈な色彩と大胆な形で独自の表現を確立し、1905年にはフォーヴィスム(野獣派)の代表的な画家として注目を浴びます。
南仏に移ってからは、地中海の光と色に魅せられ、室内画や裸婦、静物画などで色彩の探求を続けました。やがて彫刻やステンドグラス、舞台装飾にも挑戦し、芸術の枠を広げていきます。
しかし1941年、マティスは重い手術を受け、腸の大部分を摘出しました。体力を失い、長期間ベッドで過ごさなければならなくなりました。筆を握ることすら困難になるなか、彼が見出した新たな表現方法が、色紙をハサミで直接切り取る「切り絵」でした。
助手たちが色鮮やかに染めた紙を準備し、マティスは寝たきりの状態でハサミを握り、紙を直感的に切り出しました。これまでの絵画とは違い、下書きもなく、紙に直接形を与える行為は、彼にとって即興音楽のようでもありました。これが後に「ジャズ」と題される連作となります。
「ジャズ」は、サーカスや道化師、動物、ダンサーなどのモチーフを用いながら、鮮烈な色と大胆な形で構成されています。しかしその背後には、単なる歓びだけではなく、生と死、光と闇といった対比が濃厚に込められています。たとえば「イカロス」では、宙を舞う人影の胸に赤い星が灯り、死の不安を抱えながらもなお飛翔しようとする人間の姿を象徴しています。
マティス自身、「ジャズ」シリーズについては「色彩と形の即興演奏」と語っていたとされます。彼が敬愛したジャズ音楽の自由さや躍動感を、視覚で表現しようとしました。助手のリディア・デレクトルスカヤが制作を支え、彼の周囲はまるで色と形の舞台のようになっていたといいます。
1947年、テリアード社から「ジャズ」が出版されました。版画での再現には苦労があり、マティスはポアトリン社によるシュポール印刷に懸念を示していた記録がありますが、出版自体には協力的でした。しかし、このシリーズは、病と死の影に包まれながらも、色彩と形への情熱を手放さなかったマティスの精神を象徴するものとなりました。ではその作品を紹介していきましょう。()内は書かれている文章を翻訳したものです
①道化師(アンリ・マティス ジャズ テリアード出版社)、②サーカス
③ロワイヤル氏(したがって、これらのページは私の色彩の伴奏にすぎません。
ちょうど、アスター(花)が花束の構成を助けるように。)、④白象の悪夢
⑤馬、曲馬師、道化師、⑥イカロス(ひとときの自由。勉強を終えた若者たちに、大きな旅を飛行機でさせてあげるべきではないだろうか。)
⑦ハート、⑧狼
⑨フォルム、⑩ピエロの埋葬
⑪コドマ兄弟、⑫水槽を泳ぐ女性
⑬剣を飲む人(人間の精神。芸術家は、自分のすべてのエネルギー、誠実さ、そして最大限の謙虚さを持って、創作中に古い決まりきった型(クリシェ)を取り除かなければならない。)、⑭カウボーイ
⑮ナイフ投げ、⑯運命
⑰珊瑚Ⅰ、⑱珊瑚Ⅱ
⑲珊瑚Ⅲ、⑳トボガン橇(民話や旅行記のように。私はこれらの文章のページを、同時に起こる反応を静めるために書いた。)
「ジャズ」制作後も、彼はヴァンスのロザリオ礼拝堂の装飾に取り組むなど、晩年まで創作への意欲を保ち続けました。「ジャズ」は、マティスが死の間際に辿り着いた、色彩と形による生命賛歌であり、彼にとって最後の革命ともいえる作品だったのです。
2025年度の第1回コレクション展は2025年3月13日(木)~ 2025年6月29日(日)までです。
京都国立近代美術館
所在地:〒606-8344 京都府京都市左京区岡崎円勝寺町26-1
電話番号:075-761-4111
公式サイト:https://www.momak.go.jp
開館時間:10:00~18:00(最終入館 17:30)
休館日:毎週月曜日(祝日の場合は翌平日)、展示替期間、年末年始